菜根譚 / 後集
淫奔之婦,矯而為尼,熱中之人,激而入道。清淨之門,常為婬邪之渕藪也如此。
新字:淫奔之婦,矯而為尼,熱中之人,激而入道。清浄之門,常為婬邪之渕藪也如此。
書き下し
淫奔の婦、矯めて尼と為り、熱中の人、激して道に入る。清浄の門、常に婬邪の渕藪と為ること此くの如し。
現代語訳
淫らに走った婦人が、矯めて尼となり、熱中していた人が、激して道に入る。清浄の門が、常に淫らで邪なものの淵や藪となるのは、このようである。
解説
人は時として、極端な行動に走ることがあります。例えば、それまでの生き方を反転させるような急な方向転換は、一見すると清らかな変化に見えるかもしれません。しかし、その根底にある激しさや衝動は、形を変えただけで本質は変わっていない可能性があります。大切なのは、表面的な行動の変化だけでなく、心の奥底にある動機や感情に目を向け、それが本当に穏やかで建設的なものに変わっているかを見つめ直すことでしょう。
この章句が説くこと
淫奔之婦矯而為尼熱中之人激而入道清浄之門常為婬邪之渕藪也如此
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