菜根譚 / 後集
心曠則萬鐘如瓦缶,心隘則一髮似車輪。
新字:心曠則万鐘如瓦缶,心隘則一髪似車輪。
書き下し
心曠ければ則ち万鍾も瓦缶の如し。心隘ければ則ち一髪も車輪に似たり。
現代語訳
心が広ければ、万鍾の禄も素焼きの瓶のようなものだ。心が狭ければ、一本の髪も車輪のように大きく見える。
解説
心の広さによって、物事の捉え方は大きく変わります。心が広々としていれば、たとえ莫大な財産を得たとしても、それは取るに足らないもののように感じられるでしょう。逆に、心が狭くなっている時には、一本の髪の毛のような些細な問題でも、まるで車輪のように大きく、解決しがたいものに見えてしまいます。悩みが大きく感じられるのは、外的な要因だけでなく、自分の心が狭くなっているせいかもしれません。
この章句が説くこと
心曠則万鍾如瓦缶心隘則一髪似車輪器の大きさ
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