菜根譚 / 後集
人生福境禍區,皆念想造成。故釋氏云:利欲熾然,即是火坑,貪愛沈溺,便為苦海。一念清淨,烈焔成池,一念警覺,船登彼岸。念頭稍異,境界頓殊。可不慎哉。
新字:人生福境禍区,皆念想造成。故釈氏云:利欲熾然,即是火坑,貪愛沈溺,便為苦海。一念清浄,烈焔成池,一念警覚,船登彼岸。念頭稍異,境界頓殊。可不慎哉。
書き下し
人生の福境禍区は、皆な念想の造成する所なり。故に釈氏云う、「利欲熾然たれば、即ち是れ火坑なり。貪愛沈溺すれば、便ち苦海と為る。一念清浄なれば、烈焔も池と成り、一念警覚すれば、船は彼岸に登る」と。念頭稍(すこ)しく異なれば、境界は頓(にわか)に殊なる。慎まざるべけんや。
現代語訳
人生の福の境地も禍の区域も、みな念と想いが造り上げたものだ。だから仏教では「利欲が燃え盛れば、それが火の坑である。貪りと愛着に溺れれば、それが苦海となる。一念が清らかであれば、烈しい炎も池となり、一念が目覚めれば、船は彼岸に登る」と言う。念が少し違えば、境地は急に異なる。慎まずにいられようか。
解説
人生における幸福も不幸も、すべては私たちの心の持ちよう、つまり「念」や「想い」が作り出すものです。例えば、欲望に囚われれば苦しい状況に陥り、執着に溺れれば心が疲弊します。しかし、もし心が清らかであれば、どんな困難な状況も乗り越えられ、少し意識を変えるだけで、目の前の景色は全く異なるものに見えるでしょう。日々の判断や心の状態は、わずかな意識の差で大きく変わるため、常に注意深くあることが大切です。
この章句が説くこと
人生福境禍区皆念想造成念頭稍異境界頓殊可不慎哉
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