菜根譚 / 後集
笙歌正濃處,便自拂衣長往,羨達人撒手懸崕。更漏已殘時,猶然夜行不休,咲俗士沈身苦海。
新字:笙歌正濃処,便自払衣長往,羨達人撒手懸崕。更漏已残時,猶然夜行不休,咲俗士沈身苦海。
書き下し
笙歌正に濃なる処、便ち自ら衣を拂いて長く往くは、達人の手を懸崖に撒(はな)つを羨む。更漏已に残る時、猶然として夜行して休(や)まざるは、俗士の身を苦海に沈むるを咲(わら)う。
現代語訳
笙と歌がまさに盛りの所で、自ら衣を払って立ち去る。それは、達人が崖の上で手を放つ潔さを羨むのだ。時を告げる漏刻がすでに残り少ない時、なお夜道を歩いてやめない。それは、俗人が身を苦海に沈めるのを笑うのだ。
解説
物事には、引き際が肝心だという教えです。宴が最高潮に盛り上がっている時に、潔くその場を去ることは、非常に難しい決断ですが、それこそが達人の境地と言えるでしょう。一方で、夜が更けてもなお、目的もなく歩き続けるのは、俗人が苦しみの中に沈んでいく姿と映ります。仕事や人間関係、あるいは趣味においても、最も良い状態で終わりを迎えること、あるいは執着を手放す勇気を持つことは、その後の人生を豊かにする大切な選択です。盛りの時にこそ、次への一歩を考える視点を持つことが重要です。
この章句が説くこと
笙歌正濃処便自払衣長往羨達人撒手懸崖咲俗士沈身苦海
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