師導古典を学びたいすべての人に

菜根譚 / 後集

幽人清事縂在自適。故酒以不勸為歡,棋以不淨為勝。笛以無腔為適,琴以無絃為高。會以不期約為真率,客以不迎送為坦夷。若一牽文泥迹,便落塵世苦海矣。

新字:幽人清事縂在自適。故酒以不勧為歓,棋以不浄為勝。笛以無腔為適,琴以無絃為高。会以不期約為真率,客以不迎送為坦夷。若一牽文泥迹,便落塵世苦海矣。

書き下し

幽人の清事は、総て自適に在り。故に酒は勧めざるを以て歓と為し、棋は浄からざるを以て勝と為す。笛は腔無きを以て適と為し、琴は絃無きを以て高しと為す。会は期約せざるを以て真率と為し、客は迎送せざるを以て坦夷と為す。若し一たび文に牽かれ迹に泥(なず)まば、便ち塵世の苦海に落ちん。

現代語訳

隠者の清らかな事は、すべて自ら適うことにある。だから酒は勧めないことを歓びとし、碁は勝ち負けを争わないことを勝ちとする。笛は節がないことを適とし、琴は絃がないことを高しとする。集まりは約束しないことを率直とし、客は迎え送らないことを平らかとする。もしひとたび形式に引かれ、跡形にとらわれれば、たちまち俗世の苦海に落ちる。

解説

私たちの日常には、様々な形式や作法が存在します。しかし、それらに縛られすぎると、かえって物事の本質や自由な発想が失われてしまうことがあります。例えば、完璧に整えられた場よりも、気兼ねなく過ごせる場所の方が、心から楽しめるように。形式にとらわれず、自分の心地よさや本音を大切にすることで、より豊かな経験や深い人間関係が生まれるでしょう。過度な作法や慣習に囚われず、自分にとって本当に大切なものは何かを見極める視点を持つことが、心の平安へと繋がります。

この章句が説くこと

幽人清事総在自適若一牽文泥迹便落塵世苦海矣

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる