菜根譚 / 後集
白氏云:不如放身心冥然任天造。晁氏云:不如收身心凝然歸寂定。放者流為猖狂,收者入於枯寂。唯善操身心的,欛柄在手,收放自如。
新字:白氏云:不如放身心冥然任天造。晁氏云:不如収身心凝然帰寂定。放者流為猖狂,収者入於枯寂。唯善操身心的,欛柄在手,収放自如。
書き下し
白氏云う、「身心を放ち、冥然として天造に任すに如かず」と。晁氏云う、「身心を収め、凝然として寂定に帰するに如かず」と。放つ者は流れて猖狂と為り、収むる者は枯寂に入る。唯だ善く身心を操る的のみ、欛柄(はへい)は手に在り、収放自如なり。
現代語訳
白居易は「身と心を放ち、冥々として天の造化に任せるに越したことはない」と言った。晁氏は「身と心を収め、凝然として寂定に帰するに越したことはない」と言った。放つ者は流れて狂気となり、収める者は枯れた寂しさに入る。ただ善く身と心を操る者だけが、柄を手に握り、収めるも放つも自在である。
解説
心を自由に放任しすぎると、無軌道な行動に走り、収縮させすぎると、感情が枯れて活力を失ってしまいます。どちらか一方に偏るのは、行き過ぎた状態です。本当に大切なのは、状況に応じて心を緩めたり引き締めたり、自在にコントロールできることです。まるで舵取りをするように、自分の心のあり方を自分で選択し、バランスを取る能力こそが、穏やかで充実した日々を送るための鍵となります。
この章句が説くこと
放者流為猖狂収者入於枯寂唯善操身心的欛柄在手収放自如
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