菜根譚 / 後集
今人專求無念,而終不可無。只是前念不滯,後念不迎,但將現在的隨緣,打發得去,自然漸漸入無。
新字:今人専求無念,而終不可無。只是前念不滞,後念不迎,但将現在的随縁,打発得去,自然漸漸入無。
書き下し
今人は専ら無念を求む。而して終に無かるべからず。只だ是れ前念滞らず、後念迎えず、但だ現在の的を将(もっ)て縁に随い、打発し得去らば、自然に漸漸として無に入らん。
現代語訳
今の人は、もっぱら無念を求める。しかし結局は無にできない。ただ、前の念を留めず、後の念を迎えず、ただ現在のものを縁に従って、片づけていけば、自然に次第に無に入る。
解説
「無念になろう」と意識するほど、かえって雑念にとらわれてしまうことがあります。大切なのは、過ぎ去った過去の出来事にいつまでも囚われず、まだ来ぬ未来の心配ばかりもしないこと。目の前にある「今」の課題や状況に集中し、一つひとつ丁寧に対処していく。そうすることで、自然と心が落ち着き、余計な思考が減っていくでしょう。無理に心を無にしようとせず、目の前のことに向き合う姿勢が、結果的に穏やかな心境へと導きます。
この章句が説くこと
今人専求無念而終不可無前念不滞後念不迎但将現在的随縁集中積み重ね
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