菜根譚 / 後集
樹木至歸根,而後知華萼枝葉之徒榮。人事至蓋棺,而後知子女玉帛之無益。
新字:樹木至帰根,而後知華萼枝葉之徒栄。人事至蓋棺,而後知子女玉帛之無益。
書き下し
樹木は根に帰るに至りて、而る後に華萼枝葉の徒らに栄えたるを知る。人事は棺を蓋うに至りて、而る後に子女玉帛の益無きを知る。
現代語訳
樹木は根に帰って、初めて花や萼や枝や葉が、いたずらに栄えていたと知る。人の事は棺の蓋を閉じて、初めて子女や玉や絹に益がなかったと知る。
解説
木々が根に帰り、葉が落ちて初めて、あの華やかな枝葉の繁りが一時的なものだったと知るように、人生の終わりに際して、集めた財産や築いた地位が、実は無益だったと気づくことがあります。しかし、その時ではもう遅いのです。この一節は、人生の終わりから逆算して、本当に価値あるものは何かを今、問い直すことの重要性を教えてくれます。限りある時間を、何に使うべきか、深く考えるきっかけとなるでしょう。
この章句が説くこと
樹木至帰根而後知華萼枝葉之徒栄人事至蓋棺而後知子女玉帛之無益根本
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