菜根譚 / 後集
胸中既無半點物欲,已如雪消鑪焔冰消日。眼前自有一段空明,時見月在青天影在波。
新字:胸中既無半点物欲,已如雪消鑪焔冰消日。眼前自有一段空明,時見月在青天影在波。
書き下し
胸中に既に半点の物欲無くんば、已に雪の鑪焔に消え冰の日に消ゆるが如し。眼前に自ら一段の空明有り。時に月の青天に在りて影の波に在るを見る。
現代語訳
胸中にすでに半点の物欲がなければ、すでに雪が炉の炎に消え、氷が日に溶けるようなものだ。目の前に自ずと一段の空明がある。時に、月が青空にあって、その影が波にあるのを見る。
解説
心の中から余計な物欲が消え去ると、まるで雪が炎に、氷が太陽に溶けるように、目の前が澄み渡り、世界がクリアに見えてきます。この「空明」な状態では、月が青空に輝き、その影が水面に映るように、物事の本質と、それが映し出す現象の両方を同時に、ありのままに捉えることができるでしょう。心が澄めば、複雑に見えていたこともシンプルになり、より深く世界を理解できるようになります。
この章句が説くこと
胸中既無半点物欲已如雪消鑪焔冰消日時見月在青天影在波
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