菜根譚 / 後集
纔就筏便思舎筏。方是無事道人。若騎驢又復覓驢,終為不了禪師。
新字:纔就筏便思舎筏。方是無事道人。若騎驢又復覓驢,終為不了禅師。
書き下し
纔(わず)かに筏に就けば便ち筏を舎(す)つるを思う。方に是れ無事の道人なり。若し驢に騎りて又復た驢を覓むれば、終に不了の禅師と為る。
現代語訳
筏に乗ったばかりで、すぐ筏を捨てることを思う。それでこそ、事なき道の人である。もし驢馬に乗りながら、また驢馬を探すなら、結局は悟りきらない禅師となる。
解説
目標を達成するための手段や、問題を解決するための方法。これらはあくまで「筏」であり、目的ではありません。川を渡り終えたら筏は不要になるように、目的を達したら、その手段に執着する必要はないのです。すでに持っている知識や経験、あるいは現在の立場に固執し、新たな可能性を見失っていませんか。不要になったものを手放し、常に身軽でいることが、次なる成長への道を開く鍵となります。
この章句が説くこと
纔就筏便思舎筏方是無事道人若騎驢又復覓驢終為不了禅師
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