菜根譚 / 後集
古德云:竹影掃堦塵不動。月輪穿沼水無痕。吾儒云:水流任急境常靜。花落雖頻意自閒。
新字:古徳云:竹影掃階塵不動。月輪穿沼水無痕。吾儒云:水流任急境常静。花落雖頻意自閒。
書き下し
古徳云う、「竹影は階を掃くも塵動かず。月輪は沼を穿つも水に痕無し」と。吾が儒は云う、「水流れて急に任すも境は常に静かなり。花落つること頻りなりと雖も意は自ら閑なり」と。
現代語訳
古の徳ある人は「竹の影が階段を掃いても、塵は動かない。月の輪が沼を貫いても、水に跡はない」と言った。我らの儒者は「水は激しく流れるに任せても、あたりは常に静かだ。花はしきりに落ちても、心は自ずと閑かだ」と言った。
解説
竹の影が階段を掃いても塵は動かず、月の光が水面を貫いても跡は残らない。これらは、物事が動いているように見えても、本質的な静けさや調和は乱されない状態を表しています。激しい水の流れの中に静けさを見出し、散る花々の中に心のゆとりを感じる。外界の動きに惑わされず、心の奥底に静けさを保つことの大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
竹影掃階塵不動月輪穿沼水無痕水流任急境常静花落雖頻意自閑
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