菜根譚 / 後集
人情世態,倐忽萬端,不宜認得太真。堯夫云:昔日所云我,而今却是伊。不知今日我又屬後來誰。人常作是觀,便可解却胸中罥矣。
新字:人情世態,倐忽万端,不宜認得太真。堯夫云:昔日所云我,而今却是伊。不知今日我又属後来誰。人常作是観,便可解却胸中罥矣。
書き下し
人情世態は、倏忽(しゅくこつ)万端なり。認め得ること太だ真なるに宜しからず。堯夫云う、「昔日、我と云いし所は、而今、却って是れ伊なり。知らず、今日の我も又た後来の誰にか属せん」と。人常に是の観を作さば、便ち胸中の罥(けん)を解却すべし。
現代語訳
人情や世の様子は、たちまち万様に変わる。あまり本当だと思い込まないほうがよい。邵堯夫は「昔、我と言っていたものは、今ではむしろ他人だ。知らない、今日の我もまた、後の世の誰に属するのか」と言った。人が常にこう見れば、胸の内のわだかまりを解くことができる。
解説
人の感情や世の中の状況は、目まぐるしく変化します。だからこそ、目の前の出来事を「これが絶対だ」と真剣に受け止めすぎない方が、心穏やかに過ごせるでしょう。昔の自分と今の自分、今の自分と未来の自分は、常に移り変わるもの。そう捉えれば、今抱えているこだわりや執着も、いずれは過ぎ去る一時的なものだと感じられ、心のわだかまりが自然と解けていくはずです。
この章句が説くこと
人情世態倏忽万端不宜認得太真昔日所云我而今却是伊監修清水直樹一般財団法人日本アントレプレナー学会代表理事仕組み経営株式会社取締役
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