菜根譚 / 後集
一字不識,而有詩意者,得詩家真趣。一偈不參,而有禪味者,悟禪教玄機。
新字:一字不識,而有詩意者,得詩家真趣。一偈不参,而有禅味者,悟禅教玄機。
書き下し
一字も識らずして、詩意有る者は、詩家の真趣を得たり。一偈も参ぜずして、禅味有る者は、禅教の玄機を悟る。
現代語訳
一字も知らないのに、詩の心がある者は、詩人の真の趣を得ている。一つの偈も学ばないのに、禅の味わいがある者は、禅の教えの奥深い働きを悟っている。
解説
知識や学問は大切ですが、それだけでは本質を捉えられないことがあります。詩の心を理解するのに、必ずしも文字を知る必要はなく、禅の奥深さを悟るのに、経典を学ぶことだけが道ではありません。大切なのは、どれだけ多くの知識を得たかではなく、その本質をどれだけ深く体得し、自分のものにしているかです。形式にとらわれず、物事の真髄を捉える視点を持つことが、日々の学びや仕事において、より豊かな気づきをもたらします。
この章句が説くこと
一字不識而有詩意者得詩家真趣一偈不参而有禅味者悟禅教玄機
関連する章句
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菜根譚・後集人は有字の書を読むを解して、無字の書を読むを解せず。有絃の琴を弾ずるを知りて、無絃の琴を弾ずるを知らず。迹を以て用いて、神を以て用いざれば、何を以て琴書の趣を得んや。
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菜根譚・後集意の偶々会する所は、便ち佳境と成る。物の天然より出づるは、纔めて真機を見る。若し一分の調停布置を加えなば、趣味は便ち減ぜん。白氏云う、「意は無事に随いて適し、風は自然を逐いて清し」と。味有るかな、其の之を言うや。
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