菜根譚 / 後集
徜徉於山林泉石之閒,而塵心漸息。夷猶於詩書圖畫之內,而俗氣潛消。故,君子雖不玩物喪志,亦常借境調心。
新字:徜徉於山林泉石之閒,而塵心漸息。夷猶於詩書図画之内,而俗気潜消。故,君子雖不玩物喪志,亦常借境調心。
書き下し
山林泉石の間に徜徉(しょうよう)すれば、塵心は漸く息(や)む。詩書図画の内に夷猶(いゆう)すれば、俗気は潜かに消ゆ。故に君子は物を玩びて志を喪わずと雖も、亦た常に境を借りて心を調う。
現代語訳
山林や泉や石の間をぶらぶら歩けば、俗な心は次第にやむ。詩や書や図画の中をゆったり遊べば、俗気はひそかに消える。だから君子は、物を弄んで志を失うことはないとはいえ、常に環境を借りて心を整える。
解説
山林の泉や石の間をゆったりと散策すれば、日々の雑多な思いは次第に静まっていきます。詩や書、絵画といった芸術に親しむことで、心に積もった俗っぽい感情はひそかに消え去るでしょう。このように、人はただ無心に遊ぶことで志を失うことはありません。むしろ、意識的に周囲の環境や対象を借りて、自分の心を整え、穏やかに保つことが大切です。意志の力だけに頼らず、心地よい環境を積極的に活用することで、心のバランスを保つことができます。
この章句が説くこと
徜徉於山林泉石之間而塵心漸息君子亦常借境調心
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