菜根譚 / 後集
時當喧雜,則平日所記憶者,皆漫然忘去。境在清寧,則夙昔所遺忘者,又恍爾現前。可見靜躁稍分,昏明頓異也。
新字:時当喧雑,則平日所記憶者,皆漫然忘去。境在清寧,則夙昔所遺忘者,又恍爾現前。可見静躁稍分,昏明頓異也。
書き下し
時に喧雑に当たらば、則ち平日記憶する所の者も、皆な漫然として忘れ去る。境、清寧に在らば、則ち夙昔に遺忘する所の者も、又た恍爾として現前す。見るべし、静躁稍(やや)分かれて、昏明頓(にわか)に異なるを。
現代語訳
時が騒がしく雑然としていれば、日頃記憶していたものも、みなぼんやりと忘れ去る。境地が清らかで安らかであれば、昔に忘れていたものも、はっと目の前に現れる。分かるだろう。静けさと騒がしさが少し分かれるだけで、暗さと明るさが急に違うことが。
解説
周囲が騒がしく雑然としていると、普段覚えていることさえもぼんやりと忘れてしまいがちです。しかし、心が落ち着き、静かで穏やかな環境に身を置くと、以前は忘れていたようなことまで、はっきりと鮮明に思い出されることがあります。これは、私たちの記憶力や能力の問題ではなく、心の状態や環境がいかに思考に影響を与えるかを示しています。ほんの少し静けさを意識するだけで、心の働きや集中力は大きく変わる可能性があるのです。
この章句が説くこと
時当喧雑則平日所記憶者皆漫然忘去静躁稍分昏明頓異也集中
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