菜根譚 / 後集
水流而境無聲,得處喧見寂之趣。山高而雲不礙,悟出有入無之機。
新字:水流而境無声,得処喧見寂之趣。山高而雲不礙,悟出有入無之機。
書き下し
水は流れて境に声無し。喧を処りて寂を見るの趣を得。山は高くして雲は礙(さまた)げず。有を出でて無に入るの機を悟る。
現代語訳
水は流れているのに、あたりに音がない。騒がしさの中で静けさを見る趣を得る。山は高いのに、雲は妨げられない。有から出て無に入る働きを悟る。
解説
水が流れていても周りが静かに感じられるように、また山が高くそびえていても雲がそれを遮らないように、私たちは騒がしい状況の中にいても、心の静けさを見出すことができます。環境を変えるのではなく、物事の見方や心の持ちようを変えることで、同じ場所や状況の中でも全く異なる感覚を得られるのです。目の前の現象に囚われず、その奥にある本質を感じ取ることで、新たな気づきや心のゆとりが生まれるでしょう。
この章句が説くこと
水流而境無声得処喧見寂之趣山高而雲不礙悟出有入無之機
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菜根譚・後集簾櫳(れんろう)高く敞(ひら)き、青山緑水の雲煙を呑吐するを看て、乾坤の自在を識る。竹樹扶疏として、乳燕鳴鳩の時序を送迎するに任せ、物我の両忘を知る。
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