菜根譚 / 後集
禪宗曰:饑來喫飯倦來眠。詩旨曰,眼前景致口頭語。蓋極高寓於極平,至難出於至易,有意者反遠,無心者自近也。
新字:禅宗曰:饑来喫飯倦来眠。詩旨曰,眼前景致口頭語。蓋極高寓於極平,至難出於至易,有意者反遠,無心者自近也。
書き下し
禅宗に曰く、「饑え来たらば飯を喫し、倦み来たらば眠る」と。詩旨に曰く、「眼前の景致、口頭の語」と。蓋し極高は極平に寓し、至難は至易より出づ。意有る者は反りて遠く、無心なる者は自ら近きなり。
現代語訳
禅宗では「腹が減ったら飯を食い、疲れたら眠る」と言う。詩の要旨では「目の前の景色、口先の言葉」と言う。思うに、最も高いものは最も平凡なものに宿り、最も難しいものは最も易しいものから出る。意図する者はかえって遠ざかり、無心の者は自ずと近い。
解説
お腹が空いたら食事をし、疲れたら眠る。目の前の景色をそのまま受け止め、心に浮かんだ言葉を素直に口にする。これらはごく当たり前のことですが、実はそこに最も深い真理や価値が宿っていると教えてくれます。何かを特別なものにしようと意図したり、高みを目指しすぎたりすると、かえって本質から遠ざかることがあります。余計な力みを捨て、目の前のシンプルな事柄に心を向けた時、自然と求めていたものに近づけるかもしれません。
この章句が説くこと
極高寓於極平至難出於至易有意者反遠無心者自近也
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