菜根譚 / 後集
嗜寂者,觀白雲幽石而通玄,趨榮者,見清歌妙舞而忘倦。唯自得之士,無喧寂,無榮枯,無往非自適之天。
新字:嗜寂者,観白雲幽石而通玄,趨栄者,見清歌妙舞而忘倦。唯自得之士,無喧寂,無栄枯,無往非自適之天。
書き下し
寂を嗜む者は、白雲幽石を観て玄に通ず。栄に趨る者は、清歌妙舞を見て倦むを忘る。唯だ自得の士のみ、喧寂無く、栄枯無く、往くとして自適の天に非ざる無し。
現代語訳
静けさを好む者は、白い雲や幽玄な石を観て奥深さに通じる。栄達に走る者は、清らかな歌や妙なる舞を見て倦むことを忘れる。ただ自ら得た士だけが、騒がしさも静けさもなく、栄えも枯れもなく、どこへ行っても自ら適う天でないものはない。
解説
静けさを好む人は、自然の中に深い意味を見出し、栄達を求める人は、華やかな娯楽に夢中になります。どちらも、自分の外にあるものに喜びを見出そうとしています。しかし、本当に心の自由を得た人は、騒がしい場所でも静かな場所でも、成功しても失敗しても、どんな状況でも自分自身で満たされています。外の環境に左右されず、内なる心の状態が常に穏やかで満ち足りていることこそ、真の幸福と言えるでしょう。
この章句が説くこと
唯自得之士無喧寂無栄枯無往非自適之天
関連する章句
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菜根譚・後集寂を喜び喧を厭う者は、往往にして人を避けて以て静を求む。知らず、意、人無きに在らば便ち我相を成し、心、静に着かば便ち是れ動根なるを。如何ぞ人我一視、動静両忘の境界に到り得ん。
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