菜根譚 / 後集
寒燈無焔,敝裘無溫,縂是播弄光景。身如槁木,心似死灰,不免墮落頑空。
新字:寒灯無焔,敝裘無温,縂是播弄光景。身如槁木,心似死灰,不免堕落頑空。
書き下し
寒燈に焔無く、敝裘に温無きは、総て是れ光景を播弄す。身は槁木の如く、心は死灰に似たるは、頑空に堕落するを免れず。
現代語訳
寒い灯に炎がなく、破れた皮衣に温もりがないのは、みな風景を弄んでいるだけだ。身が枯れ木のようで、心が冷えた灰に似ているのは、無意味な空しさに落ち込むことを免れない。
解説
貧しい生活や、心を枯らしたような態度を、あたかも風流や悟りであるかのように装うことがあります。しかし、それは単に表面的な形を真似ているだけで、内実が伴っていなければ、かえって無意味な空虚さに陥ってしまうでしょう。形だけの隠遁や、形だけの無心では、真の心の豊かさや安らぎは得られません。大切なのは、外面ではなく、心の奥底から湧き上がる真実の境地なのです。
この章句が説くこと
寒灯無焔敝裘無温総是播弄光景身如槁木心似死灰不免堕落頑空
関連する章句
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