菜根譚 / 後集
得趣不在多。盆池拳石間,煙霞具足。會景不在遠。蓬窗竹屋下,風月自賖。
新字:得趣不在多。盆池拳石間,煙霞具足。会景不在遠。蓬窗竹屋下,風月自賖。
書き下し
趣を得るは多きに在らず。盆池拳石の間に、煙霞は具足す。景に会するは遠きに在らず。蓬窓竹屋の下に、風月は自ら賖(ゆた)かなり。
現代語訳
趣を得るのは、多さにあるのではない。小さな鉢の池、拳ほどの石の間に、霞は十分ある。景色に出会うのは、遠さにあるのではない。粗末な窓、竹の家の下に、風と月は自ずと豊かである。
解説
心の豊かさや感動は、規模の大きさや遠くにあるものに依存するわけではありません。たとえ小さな鉢植えや、身近な窓の外の景色の中にも、無限の趣や美しさを見出すことができます。大切なのは、特別な場所や状況を追い求めることではなく、今、目の前にあるささやかなものの中に、どれだけ深く心を寄せて感じ取れるかです。日常の中に隠された豊かさに気づくことで、心は満たされるでしょう。
この章句が説くこと
得趣不在多盆池拳石間煙霞具足会景不在遠自然
関連する章句
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『酔古堂剣掃』集素・盆池拳石の間にも煙霞具足す趣を得るは多きに在らず、盆池拳石の間にも、煙霞具足す。 景を會するは遠きに在らず、蓬窗竹屋の下にも、風月自ら賒かなり。
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菜根譚・後集個中の趣を会得せば、五湖の煙月も、尽く寸裡に入る。眼前の機を破り得ば、千古の英雄も、尽く掌握に帰す。
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