菜根譚 / 後集
譚山林之樂者,未必真得山林之趣。厭名利之談者,未必盡忘名利之情。
新字:譚山林之楽者,未必真得山林之趣。厭名利之談者,未必尽忘名利之情。
書き下し
山林の楽を譚(かた)る者は、未だ必ずしも真に山林の趣を得ず。名利の談を厭う者は、未だ必ずしも尽くは名利の情を忘れず。
現代語訳
山林の楽しみを語る者が、必ずしも本当に山林の趣を得ているとは限らない。名利の話を嫌う者が、必ずしも名利への思いをすべて忘れているとは限らない。
解説
人はしばしば、理想を語ったり、特定の価値観を否定したりしますが、それが必ずしも本心から出たものとは限りません。例えば、世俗的な成功を嫌うと口にする人が、心の奥底では名声や利益を求めていることもあります。本当にその境地に至った人は、わざわざ語ったり否定したりせず、ただ自然体でいるものです。言葉の裏にある本音や、自分自身の心の動きを冷静に見つめることの重要性を示唆しています。
この章句が説くこと
譚山林之楽者未必真得山林之趣厭名利之談者未必尽忘名利之情
関連する章句
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『酔古堂剣掃』集醒・山林の樂しみを譚ずる者山林の樂しみを譚ずる者は、未だ必ずしも真に山林の趣を得ず。名利の談を厭ふ者は、未だ必ずしも盡く名利の情を忘れず。
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菜根譚・後集其の中を欲する者は、波は寒潭に沸き、山林も其の寂を見ず。其の中を虚しくする者は、涼は酷暑に生じ、朝市も其の喧を知らず。
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菜根譚・後集隠逸の林中には栄辱無し。道義の路上には炎涼無し。
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菜根譚・後集名を矜るは、名を逃るるの趣に若かず。事を練るは、事を省くの閑に何如ぞ。
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