菜根譚 / 前集
責人者,原無過於有過之中,則情平;責己者,求有過於無過之內,則德進。
新字:責人者,原無過於有過之中,則情平;責己者,求有過於無過之内,則徳進。
書き下し
人を責むる者は、過ち有るの中に過ち無きを原(たず)ねば、則ち情平らかなり。己を責むる者は、過ち無きの内に過ち有るを求めば、則ち徳進む。
現代語訳
人を責める者が、過ちのある中に過ちのない部分を探せば、心は平らかになる。自分を責める者が、過ちのない中に過ちのある部分を求めれば、徳は進む。
解説
人を評価する際、完璧を求めるのではなく、たとえ欠点があってもその中に良い点や努力を見つけようとすれば、穏やかな気持ちで向き合えます。一方で、自分自身を振り返る時は、うまくいっていると感じる時でも、さらに改善できる点や反省すべき点がないかを探すことで、人としての成長を促すことができます。他者には寛容に、自分には厳しくという姿勢は、日々の人間関係や自己研鑽において、心の平穏と向上をもたらすでしょう。
この章句が説くこと
責人者原無過於有過之中則情平責己者求有過於無過之内則徳進自省寛容自己修養
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