菜根譚 / 前集
世人以心愜處為樂,卻被樂心引入苦處;達士以心拂處為樂,終由苦心換得樂來。
新字:世人以心愜処為楽,却被楽心引入苦処;達士以心払処為楽,終由苦心換得楽来。
書き下し
世人は心の愜(かな)う処を以て楽と為す。却って楽心に引かれて苦処に入る。達士は心の拂(もと)る処を以て楽と為す。終に苦心に由りて楽を換え得来たる。
現代語訳
世の人は、心にかなう所を楽しみとする。かえって楽しみを求める心に引かれて、苦しい所に入る。達した士は、心に逆らう所を楽しみとする。ついに苦しい心によって、楽しみを得て来る。
解説
世の人は、心地よいことばかりを追い求めがちですが、それがかえって苦しみを生むことがあります。一方、真に達した人は、心に逆らうような困難な状況の中にこそ学びや喜びを見出し、結果として大きな満足を得ると説きます。これは、快楽を追い求めるだけでは際限がなく、真の幸福には繋がらないという逆説的な教えです。目の前の苦労から逃げずに受け止めることで、内面的な成長や達成感が得られ、それが本当の喜びに変わる。日々の挑戦を前向きに捉える視点を与えてくれるでしょう。
この章句が説くこと
世人以心愜処為楽却被楽心引入苦処達士以心払処為楽
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