菜根譚 / 前集
心虛則性現,不息心而求見性,如撥波覓月;意淨則心清,不了意而求明心,如索鏡增塵。
新字:心虚則性現,不息心而求見性,如撥波覓月;意浄則心清,不了意而求明心,如索鏡增塵。
書き下し
心虚なれば則ち性現る。心を息(や)めずして性を見んことを求むるは、波を撥(ひら)きて月を覓むるが如し。意浄なれば則ち心清し。意を了せずして心を明らかにせんことを求むるは、鏡を索めて塵を増すが如し。
現代語訳
心が空虚であれば、本性が現れる。心を静めずに本性を見ようとするのは、波をかき分けて月を探すようなものだ。意が清らかであれば、心が清らかになる。意を終わらせずに心を明らかにしようとするのは、鏡を求めて塵を増やすようなものだ。
解説
心がざわついている状態で、自分の本質や真実を見つけようとするのは、波立つ水面で月を探すようなものです。波が静まれば、月は自然と映し出されます。また、心が乱れたまま明晰さを求めようとするのは、鏡を探しながら、かえって埃を増やしてしまうようなもの。大切なのは、外に答えを求めるのではなく、まず自分の心の中の波を静め、雑念を取り除くこと。そうすれば、求める答えは自然と現れてくるでしょう。
この章句が説くこと
心虚則性現不息心而求見性如撥波覓月
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