菜根譚 / 前集
交市人,不如友山翁;謁朱門,不如親白屋;聽街談巷語,不如聞牧唱樵歌;談今人失德過差,不如述古人嘉言懿行。
新字:交市人,不如友山翁;謁朱門,不如親白屋;聴街談巷語,不如聞牧唱樵歌;談今人失徳過差,不如述古人嘉言懿行。
書き下し
市人に交わるは、山翁を友とするに如かず。朱門に謁するは、白屋に親しむに如かず。街談巷語を聴くは、牧唱樵歌を聞くに如かず。今人の失徳過差を談ずるは、古人の嘉言懿行を述ぶるに如かず。
現代語訳
商人と交わるのは、山の老人を友とするに及ばない。豪邸を訪ねるのは、粗末な家に親しむに及ばない。街の噂話を聴くのは、牧童の歌や木こりの歌を聞くに及ばない。今の人の失徳や過ちを語るのは、古人の良い言葉や立派な行いを述べるに及ばない。
解説
私たちが日頃、誰と交わり、どんな情報に触れ、何を話題にするかは、私たちの心や考え方を形作ります。華やかな場所や刺激的な噂話に惹かれがちですが、この一節は、むしろ素朴で本質的なもの、そして他者の良い行いや教訓に目を向けることの価値を説いています。他人の欠点を語るよりも、過去の賢人の言葉や行動から学ぶ時間を選ぶ。そうした話題の選択が、私たち自身の人間性を豊かにする鍵となるでしょう。
この章句が説くこと
談今人失徳過差不如述古人嘉言懿行謁朱門不如親白屋謙虚さ謙虚初心
関連する章句
-
人物志・釋爭蓋し善は伐らざるを以て大と為し、賢は自ら矜るを以て損と為す。
-
論語・公冶長篇子貢問いて曰く、「孔文子、何を以て之を文と謂うや。」子曰く、「敏にして学を好み、下問を恥じず。是を以て之を文と謂うなり。」
-
伝習録・黄省曾録先生、嘆じて曰く、「世間、学を知るの人、只だ這些の病痛有りて打ち破らず。就ち是れ人と善を同じくするに非ざるなり」と。崇一曰く、「這の病痛は只だ是れ個の高きを好みて己を忘るる能わざるのみ」と。
-
老子・第71章知りて知らずとするは上、知らずして知るとするは病なり。夫れ唯だ病を病とす、是を以て病あらず。聖人の病あらざるは、其の病を病とするを以てなり。是を以て病あらず。
-
『驢鞍橋』卷上夜話に曰く、今時の人すべを知らす、餓鬼畜生をさへ離れすして、二乗見解と云つて声聞縁覚をそしる人あり、あまり土な事なり。人は知らず、我は餓鬼畜生を離れす、誰ほしと云はば、おれほしと云はんずと也。因に人問ふ、日本諸宗の大師先徳に、古は大修行底の人有りや。師曰、知らぬ事なり、残されたる法語等を以て見れば、経文語録の格を以て書示されたると見えたり。実に修行强き人有りとも見えすと也。
-
史記 魏公子列伝魏の公子無忌は、魏の昭王の少子にして魏の安釐王の異母弟なり。昭王薨じ、安釐王即位し、公子を封じて信陵君と為す。是の時、范睢魏を亡げて秦に相たり、魏斉を怨むの故を以て、秦の兵大梁を囲み、魏の華陽の下の軍を破り、芒卯を走らす。魏王及び公子これを患ふ。公子は人と為り仁にして士に下り、士は賢不肖と無く皆謙りて礼もてこれに交はり、敢へてその富貴を以て士に驕らず。士は此を以て方数千里争ひ往きてこれに帰し、食客三千人を致す。是の時に当たりて、諸侯は公子の賢にして客多きを以て、敢へて兵を加へて魏を謀らざること十余年。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る