菜根譚 / 前集
千金難結一時之歡,一飯竟致終身之感。蓋愛重反為仇,薄極反成喜也。
新字:千金難結一時之歓,一飯竟致終身之感。蓋愛重反為仇,薄極反成喜也。
書き下し
千金も一時の歓を結び難し。一飯も竟に終身の感を致す。蓋し愛は重ければ反りて仇と為り、薄きこと極まれば反りて喜と成るなり。
現代語訳
千金でも、一時の歓びを結ぶことは難しい。一膳の飯が、かえって生涯の感謝をもたらす。思うに、愛が重すぎればかえって仇となり、薄さが極まればかえって喜びとなるのだ。
解説
大金を与えても一時的な喜びしか生まないのに、ささやかな一膳の食事が生涯の感謝につながることがある。これは、相手への「愛」や「期待」が重すぎると、かえって負担や反発を生み、当たり前だと思われてしまう心理を指摘しています。逆に、過度な期待をせず、小さな心遣いを積み重ねることで、相手は思いがけない喜びや深い感謝を感じるものです。人との関係では、量や見返りを求めるのではなく、真心がこもった行動が、長く心に残る価値を生み出すのではないでしょうか。
この章句が説くこと
千金難結一時之歓一飯竟致終身之感愛重反為仇薄極反成喜也人間関係因果応報
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