菜根譚 / 前集
文章做到極處,無有他奇,只是恰好;人品做到極處,無有他異,只是本然。
新字:文章做到極処,無有他奇,只是恰好;人品做到極処,無有他異,只是本然。
書き下し
文章、極処に做到すれば、他の奇有るは無し。只だ是れ恰好なり。人品、極処に做到すれば、他の異有るは無し。只だ是れ本然なり。
現代語訳
文章が極致に達すれば、他に奇抜なところはない。ただちょうど良いだけだ。人品が極致に達すれば、他に変わったところはない。ただ本来のままであるだけだ。
解説
優れた文章は、奇をてらった表現ではなく、ただ「ちょうど良い」と感じさせるものです。過不足なく、自然に心に響きます。人間性も同様で、最高の品格とは、特別なことをするのではなく、その人本来の姿が「ただ、そこにある」という状態を指します。飾り立てるのではなく、無駄を削ぎ落とし、自分らしさを自然体で表現すること。それが、真の魅力や信頼につながる道なのです。
この章句が説くこと
文章做到極処無有他奇只是恰好人品做到極処只是本然
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