菜根譚 / 前集
靜中靜非真靜,動處靜得來,纔是性天之真境;樂纔樂非真樂,苦中樂得來,纔見心體之真機。
新字:静中静非真静,動処静得来,纔是性天之真境;楽纔楽非真楽,苦中楽得来,纔見心体之真機。
書き下し
静中の静は真静に非ず。動処に静を得来たらば、纔めて是れ性天の真境なり。楽(らく)中の楽は真楽に非ず。苦中に楽を得来たらば、纔めて心体の真機を見る。
現代語訳
静けさの中の静けさは、本当の静けさではない。動きの中で静けさを得られてこそ、本性の真の境地である。楽しみの中の楽しみは、本当の楽しみではない。苦しみの中で楽しみを得られてこそ、心の本当の働きが見える。
解説
静かな環境で落ち着くことや、楽しい時に喜ぶのは自然なことです。しかし、この一節が問うのは、困難な状況や忙しさの渦中にあっても、心の平静を保てるか、あるいは小さな喜びを見出せるかという、内面の強さです。例えば、仕事で予期せぬトラブルに見舞われた時も冷静さを失わない、人間関係で悩んだ時も前向きな側面を探す。そうした状況でこそ、その人の真価や心のしなやかさが試されます。真の心の豊かさは、与えられた環境に左右されない、内なる姿勢から生まれるのです。
この章句が説くこと
静中静非真静動処静得来楽中楽非真楽苦中楽得来
関連する章句
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菜根譚・後集寂を喜び喧を厭う者は、往往にして人を避けて以て静を求む。知らず、意、人無きに在らば便ち我相を成し、心、静に着かば便ち是れ動根なるを。如何ぞ人我一視、動静両忘の境界に到り得ん。
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