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菜根譚 / 前集

泛駕之馬可就馳驅,躍冶之金終歸型範。只一優游不振,便終身無個進步。白沙云:「為人多病未足羞,一生無病是吾憂。」真確論也。

新字:泛駕之馬可就馳駆,躍冶之金終歸型範。只一優游不振,便終身無個進歩。白沙云:「為人多病未足羞,一生無病是吾憂。」真確論也。

書き下し

泛駕(はんが)の馬も馳駆に就くべし。躍冶の金も終に型範に帰す。只だ一たび優游不振ならば、便ち終身個の進歩無し。白沙云う、「人と為りて多病なるは未だ羞ずるに足らず。一生病無きは是れ吾が憂いなり」と。真に確論なり。

現代語訳

車をひっくり返す暴れ馬も、駆けさせることはできる。飛び跳ねる金属も、結局は鋳型に収まる。ただ一度でも、のんびりして奮起しなければ、生涯一歩の進歩もない。陳白沙は「人として欠点が多いのは、恥じるに足りない。一生欠点がないことこそ、私の憂いだ」と言った。まことに確かな議論である。

解説

「一生欠点がないことこそ、憂いだ」。欠点がないのは、挑戦していないからです。暴れ馬も、鍛えれば駆ける。飛び跳ねる金属も、鋳型に収まる。問題は、荒さではなく、動かないことなのです。

この一句を、あなたの毎日に。

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