菜根譚 / 前集
地之穢者多生物,水之清者常無魚。故君子當存含垢納污之量,不可持好潔獨行之操。
新字:地之穢者多生物,水之清者常無魚。故君子当存含垢納汚之量,不可持好潔独行之操。
書き下し
地の穢れたる者は多く物を生ず。水の清き者は常に魚無し。故に君子は当に垢を含み汚を納るるの量を存すべく、好潔独行の操を持すべからず。
現代語訳
汚れた土地には、多くの物が生じる。清らかな水には、常に魚がいない。だから君子は、汚れを含み濁りを受け入れる度量を持つべきで、清潔を好んで独り行く節操を持つべきではない。
解説
あまりに清らかすぎる水には魚が棲まないように、完璧を求めすぎると、かえって大切なものを見失うことがあります。時には、多様な意見や、一見すると「汚れ」に見えるような状況さえも受け入れる度量が、私たちには必要です。すべてを自分の理想通りにしようとせず、多少の濁りや不完全さをも許容することで、周囲との豊かな関係を築き、より大きな成長へと繋がるでしょう。
この章句が説くこと
水之清者常無魚君子当存含垢納汚之量
関連する章句
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