菜根譚 / 前集
吉人無論作用安詳,即夢寐神魂,無非和氣;凶人無論行事狠戾,即聲音笑貌,渾是殺機。
新字:吉人無論作用安詳,即夢寐神魂,無非和気;凶人無論行事狠戻,即声音笑貌,渾是殺機。
書き下し
吉人は作用の安詳なるを論ずる無く、即ち夢寐神魂も、和気に非ざる無し。凶人は行事の狠戻なるを論ずる無く、即ち声音笑貌も、渾て是れ殺機なり。
現代語訳
善き人は、その振る舞いが穏やかであることは言うまでもなく、夢の中の魂までも、和やかな気でないものはない。悪しき人は、その行いが荒々しいことは言うまでもなく、声や笑顔までも、すべて殺気である。
解説
リーダーの内面的な状態は、言葉や行動だけでなく、無意識の振る舞いや表情、雰囲気といった非言語的な要素を通じて、組織全体に伝播します。たとえ表面上は穏やかに振る舞っていても、心に不満や不信感があれば、それは部下たちに伝わり、組織の士気や信頼関係に悪影響を及ぼすでしょう。真のリーダーシップは、内面の誠実さや調和から生まれるものであり、それが組織文化を形成する上で極めて重要です。
この章句が説くこと
吉人即夢寐神魂無非和気凶人即声音笑貌渾是殺機仁組織文化ダイバーシティ
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