菜根譚 / 前集
攻人之惡,毋太嚴,要思其堪受;教人之善,毋過高,當使其可從。
新字:攻人之悪,毋太厳,要思其堪受;教人之善,毋過高,当使其可従。
書き下し
人の悪を攻むるは、太(はなは)だ厳なる毋かれ。其の受くるに堪うるを思わんことを要す。人に善を教うるは、過高なる毋かれ。当に其れをして従うべからしむべし。
現代語訳
人の悪を責めるのに、厳しすぎてはならない。相手が受け止められるかを考えるべきだ。人に善を教えるのに、高すぎてはならない。相手が従えるようにすべきだ。
解説
部下やチームメンバーを指導する際、正論を振りかざすだけでは、相手の心に響かないことがあります。この一節は、相手の状況や能力を深く理解し、その人が「受け止められる」言葉を選び、実行可能な「レベル」で教えを伝えることの重要性を説いています。厳しすぎず、高すぎない指導は、相手の成長を促し、信頼関係を築く上で不可欠です。一方的な押し付けではなく、相手に寄り添うコミュニケーションが、真の育成に繋がるでしょう。
この章句が説くこと
攻人之悪毋太厳要思其堪受教人之善毋過高当使其可従寛容信頼信頼関係
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