呂氏春秋 / 分職③
今召客者,酒酣,歌舞鼓瑟吹竽,明日不拜樂己者,而拜主人,主人使之也。先王之立功名,有似於此,使眾能與眾賢,功名大立於世,不予佐之者,而予其主,其主使之也。譬之若為宮室,必任巧匠,奚故?曰:「匠不巧則宮室不善。」夫國,重物也,其不善也,豈特宮室哉?巧匠為宮室,為圓必以規,為方必以矩,為平直必以准繩。功已就,不知規矩繩墨,而賞匠巧匠之。宮室已成,不知巧匠,而皆曰:「善。此某君某王之宮室也。」此不可不察也。人主之不通主道者則不然,自為人則不能,任賢者則惡之,與不肖者議之,此功名之所以傷,國家之所以危。
新字:今召客者,酒酣,歌舞鼓瑟吹竽,明日不拝楽己者,而拝主人,主人使之也。先王之立功名,有似於此,使眾能与眾賢,功名大立於世,不予佐之者,而予其主,其主使之也。譬之若為宮室,必任巧匠,奚故?曰:「匠不巧則宮室不善。」夫国,重物也,其不善也,豈特宮室哉?巧匠為宮室,為円必以規,為方必以矩,為平直必以准縄。功已就,不知規矩縄墨,而賞匠巧匠之。宮室已成,不知巧匠,而皆曰:「善。此某君某王之宮室也。」此不可不察也。人主之不通主道者則不然,自為人則不能,任賢者則悪之,与不肖者議之,此功名之所以傷,国家之所以危。
書き下し
今、客を召く者、酒酣にして、歌舞鼓瑟吹竽す。明日己を樂しませし者を拝せずして、主人を拜するは、主人之を使えばなり。先王の功名を立つるは、此に似たる有り。衆能と衆賢とを使い、功名大いに世に立つ。之を佐くる者に予えずして、其の主に予うるは、其の主之を使えばなり。之を譬うるに、宮室を為るが若し。必ず巧匠に任ずるは、奚の故ぞ。曰く、「匠、巧みならざれば、則ち宮室善からざればなり。」夫れ國は、重物なり。其れ善からざるや、豈に特に宮室のみならんや。巧匠の宮室を為るに、圓を為るには必ず規を以てし、方を為るには必ず矩を以てし、平直を為るには必ず准繩を以てす。功已に就れば、規矩繩墨を知らずして、巧匠を賞す。宮室已に成れば、巧匠を知らずして、皆曰く、「善いかな。此れ某君某王の宮室なり。」此れ察せざる可からざるなり。人主の主道に通ぜざる者は則ち然らず。自ら之を為すは則ち能わず、賢者に任ずるは則ち之を惡み、不肖者と之を議す。此れ功名の傷るる所以にして、國家の危うき所以なり。
現代語訳
今、客を招く者が、宴たけなわで歌い舞い、瑟を弾き竽を吹かせる。翌日、客は自分を楽しませた楽人を拝礼せず、主人を拝礼する。主人がそうさせたからだ。先王が功名を立てるのもこれに似ている。多くの有能者や賢者を使い、功名が大いに世に立つ。それを補佐した者にではなく主君に帰するのは、主君がそうさせたからだ。喩えれば宮室を造るようなもの。必ず巧みな職人に任せるのはなぜか。「職人が巧みでなければ宮室が良くないからだ」。国は重大なもの。それが良くない場合、どうして宮室どころの話であろうか。巧匠が宮室を造るとき、円はコンパス、方形は定規、平直は水準器と墨縄で造る。仕事が成れば、道具のことは忘れて巧匠を賞する。宮室が出来れば、職人のことは忘れて皆「見事だ、これは某君・某王の宮室だ」と言う。これは察しなければならない。君主の道に通じない者はそうでなく、自分でやろうとしてもできず、賢者に任せればこれを憎み、愚か者と事を議する。これが功名を損ない、国家を危うくする原因である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・任數①凡そ官は、治を以て任と為し、亂を以て罪と為す。今亂れて責むること無ければ、則ち亂愈々長ず。人主、暴を好むを以て能を示し、唱を好むを以て自ら奮い、人臣は爭わざるを以て位を持し、聽從を以て容を取る。是れ君、有司に代わりて有司と為るなり。是れ臣後隨して以て其の業を進むることを得るなり。君臣定まらざれば、耳聞くと雖も以て聽く可からず、目見ると雖も以て視る可からず、心知ると雖も以て舉ぐ可からず。勢、之をせしむるなり。凡そ耳の聞くや靜に籍り、目の見るや昭に籍り、心の知るや理に籍る。君臣操を易うれば、則ち上の三官の者は廢る。亡國の主も、其の耳以て聞く可からざるに非ざるなり。其の目以て見る可からざるに非ざるなり。其の心以て知る可からざるに非ざるなり。君臣擾亂し、上下分別せざれば、聞くと雖も曷をか聞かん、見ると雖も曷をか見ん、知ると雖も曷をか知らん。馳騁して因るのみ。此れ愚者の至らざる所なり。至らざれば則ち知らず、知らざれば則ち信ぜず。骨無き者は冰を知らしむ可からず。土を有するの君、能く此の言を察すれば、則ち災い由りて至る無し。
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呂氏春秋・功名①其の道に由れば、功名の逃ぐること得可からざるは、猶ほ表の影と與にするがごとく、呼ぶことの響と與にするが若し。善く釣る者は、魚を十仞の下より出だす。餌香ばしければなり。善く弋する者は、鳥を百仞の上より下す。弓良ければなり。善く君為る者は、蠻夷反舌、殊俗異習、皆之に服す。德厚ければなり。水泉深ければ則ち魚鼈之に歸し、樹木盛なれば則ち飛鳥之に歸し、庶草茂れば則ち禽獸之に歸し、人主賢なれば則ち豪桀之に歸す。故に聖王は之に歸せしむる者に務めずして、其の歸する所以に務む。
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呂氏春秋・君守②夫れ一能く萬に應じ、方無くして之が務めを出だす者は、唯だ有道者のみ之を能くす。魯の鄙人、宋の元王に閉を遺る。元王國に號令して、巧有る者は皆來たりて閉を解け、と。人、之を能く解く莫し。兒說の弟子、往きて之を解かんことを請う。乃ち能く其の一を解き、其の一を解くこと能わず。且つ曰く、「解く可くして我解くこと能わざるに非ざるなり。固より解く可からざるなり。」之を魯の鄙人に問う。鄙人曰く、「然り。固より解く可らざるなり。我之を為りて其の解く可からざるを知るなり。今為らずして其の解く可からざるを知るや、是れ我より巧なり。」故に兒說の弟子の如きは、解かざるを以て之を解けるなり。鄭の大師文、終日瑟を鼓して興ち、其の瑟前に再拜して曰く、「我、子に效うは、窮せざるに效うなり。」故に大師文の若き者は、其の獸る者を之に先んずるを以て、之に中る所以なり。故に思慮は自ら傷うなり。智差は自ら亡ぼすなり。能を奮うは自ら殃いするなり。處する有るは自ら狂うなり。故に至神は逍遙すること倏忽にして、其の容を見わさず。至聖は習を變え俗を移して、其の從る所を知る莫し。世を離れ羣に別れて、而も同ぜざる無し。君は孤寡を名とすれども、障壅す可からず。此れ則ち姦邪の情得られて、險陂讒慝諂諛巧佞の人、由りて入ること無し。凡そ姦邪險陂の人は、必ず因ること有るなり。何に因るか。主の為に因る。人主、己を以て為すことを好めば、則ち職を守る者、職を舎てて主の為すことに阿る。主の為すことに阿りて、過有れば則ち主は以て之を責むること無く、則ち人主は日々に侵されて、人臣は日々に得。是れ宜しく動くべき者は靜かに、宜しく靜かなるべき者は動けばなり。尊の卑と為り、卑の尊と為るは、此れ從り生ず。此れ國の衰うる所以にして、敵の之を攻むる所以の者なり。
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呂氏春秋・務大①嘗試みに上志を觀るに、三王の佐、其の名榮ならざる者無く、其の實安らかざる者無きは、功大なるが故なり。俗主の佐、其の名實を欲すること、三王の佐と同じきも、其の名、辱められざる者無く、其の實、危うからざる者無きは、功無きが故なり。皆其の身の其の國に貴からざるを患えて、其の主の天下に貴からざるを患えず。此れ榮を欲して逾々辱められ、安きを欲して逾々危き所以なり。