呂氏春秋 / 別類②
魯人有公孫綽者,告人曰:「我能起死人。」人問其故。對曰:「我固能治偏枯,今吾倍所以為偏枯之藥則可以起死人矣。」物固有可以為小,不可以為大;可以為半,不可以為全者也。
新字:魯人有公孫綽者,告人曰:「我能起死人。」人問其故。対曰:「我固能治偏枯,今吾倍所以為偏枯之薬則可以起死人矣。」物固有可以為小,不可以為大;可以為半,不可以為全者也。
書き下し
魯人に公孫綽なる者有り。人に告げて曰く、「我能く死人を起こさん。」人、其の故を問う。對えて曰く、「我固より能く偏枯を治せり。今、吾、偏枯を為す所以の藥を倍にせば、則ち以て死人を起こす可し。」物固より以て小を為む可くして、以て大を為む可からず、以て半を為む可くして、以て全を為む可からざる者有るなり。
現代語訳
魯の人に公孫綽という者がいて、人に「私は死人を生き返らせられる」と言った。人がその理由を問うと「私はもともと半身不随を治せる。今その半身不随を治す薬を倍にすれば、死人を生き返らせられるはずだ」と答えた。物事にはもともと、小さくはできても大きくはできない、半分はできても全部はできないものがあるのだ。
解説
この段は、量を増やせば効果も比例して増すという素朴な発想の誤りを笑います。半身不随を治す薬を倍にしても死人は蘇らないように、半分できることが全部できることを意味しない、と説きます。背景には、部分の成功を全体に無限に外挿する思考の危うさがあります。線形の比例関係が成り立つ範囲には限界があるという洞察です。現代でも、少人数で回った仕組みが規模を倍にすると破綻する、ある濃度で効く薬が増量で毒になるなど、スケールに伴う非線形性は至る所にあります。うまくいった方法を単純に拡大すれば同じ成果が倍になる、という前提を疑う目を養わせてくれます。
この章句が説くこと
公孫綽半身不随比例の誤り非線形スケール部分と全体
関連する章句
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呂氏春秋・別類①知らざることを知るは上なり。過つ者の患は、知らずして自ら以て知ると為すなり。物、然るに類て然らざるもの多し。故に亡國僇民已むこと無し。夫れ草には莘有り藟有り、獨り之を食えば則ち人を殺し、合して之を食えば則ち壽を益す。萬堇は殺さず。漆は淖、水も淖なり、兩淖を合すれば則ち蹇と為り、之を溼せば則ち乾と為る。金は柔に、錫も柔なり。兩柔を合すれば則ち剛と為り、之を燔けば則ち淖と為る。或いは溼して乾き、或いは燔きて淖す。類は固より必ならず、推して知る可けんや。小方は大方の類なり。小馬は大馬の類なり。小智は大智の類に非ざるなり。
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呂氏春秋・察微①治亂存亡をして高山と深谿との若く、白堊と黑漆との若くならしめば、則ち智を用うる所無し、愚と雖も猶ほ可なり。且つ治亂存亡は則ち然らず、知る可きが如く、知らざる可きが如く、見る可きが如く、見ざる可きが如し。故に智士賢者は相與に積心愁慮して以て之を求むれども、猶尚ほ管叔・蔡叔の事と、東夷八國聽かざるの謀と有り。故に治亂存亡は、其の始めは秋毫の若し。其の秋毫を察すれば、則ち大物は過たず。
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呂氏春秋・別類④義は小しく之を為せば、則ち小しく福有り、大いに之を為せば、則ち大いに福有り。禍に於いては則ち然らず。小しく之れ有るは、其の亡きに若かざるなり。招を射る者は其の小に中つるを欲するなり。獸を射る者は其の大に中つるを欲するなり。物は固より必ならず。安んぞ推す可けんや。
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『列子』湯問篇魯の公扈・趙の齊嬰の二人疾有り。同に扁鵲に請いて治を求む。扁鵲之を治す。既に同に愈ゆ。公扈・齊嬰に謂いて曰く、汝の曩の疾む所は、外より府藏を干す者なり。固より藥石の已やす所なり。今偕生の疾有り、體と偕に長ず。今汝が爲に之を攻めば、何如、と。二人曰く、願わくは先ず其の驗を聞かん、と。扁鵲公扈に謂いて曰く、汝は志彊くして氣弱し。故に謀に足りて斷に寡し。齊嬰は志弱くして氣彊し。故に慮に少なくして專らなるに傷る。若し汝の心を換えなば、則ち善に均しからん、と。
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『韓非子』說林上二十二管仲の聖と隰朋の智とを以てするも、其の知らざる所に至りては、老馬と蟻とに師とすることを難しとせず。今人、其の愚心を以てして聖人の智を師とすることを知らず、亦過たずや。不死の薬を荊王に献ずる者有り。謁者之を操りて以て入る。中射の士問ひて曰く、「食ふべきか」と。曰く、「可なり」と。因りて奪ひて之を食ふ。王大いに怒り、人をして中射の士を殺さしむ。中射の士、人をして王に説かしめて曰く、「臣、謁者に問ふに、『食ふべし』と曰ふ、臣故に之を食ふ。是れ臣は罪無くして罪は謁者に在るなり。且つ客、不死の薬を献じ、臣之を食ひて王臣を殺さば、是れ死薬なり、是れ客、王を欺くなり。夫れ無罪の臣を殺して人の王を欺くを明らかにするは、臣を釈くに如かず」と。王乃ち殺さず。田駟、鄒君を欺く、鄒君将に人をして之を殺さしめんとす。田駟恐れて恵子に告ぐ。恵子、鄒君に見えて曰く、「今人有りて君に見え、則ち其の一目を䀹すれば、奚如」と。君曰く、「我必ず之を殺さん」と。恵子曰く、「瞽は両目を䀹す、君奚為れぞ殺さざる」と。君曰く、「䀹せざること能はざればなり」と。恵子曰く、「田駟は東のかた斉侯を慢り、南のかた荊王を欺く。駟の人を欺くに於けるや、瞽なり、君奚ぞ怨まん」と。鄒君乃ち殺さず。魯の穆公、衆公子をして或いは晋に宦し、或いは荊に宦せしむ。犁鉏曰く、「人を越に仮りて溺子を救はば、越人善く遊ぐと雖も、子必ず生きず。火を失して水を海に取らば、海水多しと雖も、火必ず滅えず。遠水は近火を救はざるなり。今晋と荊と強しと雖も、斉は近し、魯の患ひは其れ救はざらんか」と。厳遂、周君に善からず、之を患ふ。馮沮曰く、「厳遂相たり、而して韓傀、君に貴ばる。賊を韓傀に行ふに如かず、則ち君必ず以て厳氏と為さん」と。張譴、韓に相たり、病みて将に死せんとす。公乗無正、三十金を懐にして其の疾を問ふ。居ること一日、君、張譴に問ひて曰く、「若し子死なば、将に誰をして子に代はらしめん」と。
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