呂氏春秋 / 愛類②
公輸般為高雲梯,欲以攻宋。墨子聞之,自魯往,裂裳裹足,日夜不休,十日十夜而至於郢,見荊王曰:「臣北方之鄙人也,聞大王將攻宋,信有之乎?」王曰:「然。」墨子曰:「必得宋乃攻之乎?亡其不得宋且不義猶攻之乎?」王曰:「必不得宋,且有不義,則曷為攻之?」墨子曰:「甚善。臣以宋必不可得。」王曰:「公輸般,天下之巧工也,已為攻宋之械矣。」墨子曰:「請令公輸般試攻之,臣請試守之。」於是公輸般設攻宋之械,墨子設守宋之備。公輸般九攻之,墨子九卻之,不能入,故荊輟不攻宋。墨子能以術禦荊、免宋之難者,此之謂也。
新字:公輸般為高雲梯,欲以攻宋。墨子聞之,自魯往,裂裳裹足,日夜不休,十日十夜而至於郢,見荊王曰:「臣北方之鄙人也,聞大王将攻宋,信有之乎?」王曰:「然。」墨子曰:「必得宋乃攻之乎?亡其不得宋且不義猶攻之乎?」王曰:「必不得宋,且有不義,則曷為攻之?」墨子曰:「甚善。臣以宋必不可得。」王曰:「公輸般,天下之巧工也,已為攻宋之械矣。」墨子曰:「請令公輸般試攻之,臣請試守之。」於是公輸般設攻宋之械,墨子設守宋之備。公輸般九攻之,墨子九却之,不能入,故荊輟不攻宋。墨子能以術禦荊、免宋之難者,此之謂也。
書き下し
公輸般、高き雲梯を為り、以て宋を攻めんと欲す。墨子、之を聞き、魯自り往き、裳を裂きて足を裹み、日夜休まず、十日十夜にして郢に至り、荊王に見えて曰く、「臣は北方の鄙人なり。聞く、大王將に宋を攻めんとす、と。信に之れ有りや。」王曰く、「然り。」墨子曰く、「必ず宋を得んとして乃ち之を攻むるか。亡其た宋を得ず且つ不義なりとも猶ほ之を攻むるか。」王曰く、「必ず宋を得ずして、且つ不義有らば、則ち曷為れぞ之を攻めん。」墨子曰く、「甚だ善し。臣以うに宋は必ず得可からざらん。」王曰く、「公輸般は天下の巧工なり。已に宋を攻むるの械を為れり。」墨子曰く、「請う、公輸般をして試みに之を攻めしめよ。臣請う試みに之を守らん。」是に於て公輸般、宋を攻むるの械を設け、墨子、宋を守るの備えを設く。公輸般九たび之を攻め、墨子九たび之を卻け、入ること能わず。故に荊輟めて宋を攻めず。墨子能く術を以て荊を禦ぎ、宋の難を免れしめたりとは、此を之れ謂うなり。
現代語訳
公輸般(公輸盤・魯班)が高い雲梯(攻城用のはしご)を作り、それで宋を攻めようとした。墨子はこれを聞き、魯から出発し、裳を裂いて足に巻き、昼夜休まず、十日十夜かけて郢に至り、荊王(楚王)に会って言った。「私は北方の田舎者です。大王が宋を攻めようとしていると聞きましたが、本当ですか。」王は「そうだ」と答えた。墨子は「必ず宋が取れると見て攻めるのですか。それとも宋が取れず、しかも不義であっても、なお攻めるのですか」と問う。王は「必ず宋が取れず、しかも不義があるなら、どうして攻めようか」と言った。墨子は「たいへん結構です。私が思うに、宋は必ず取れません」と言った。王が「公輸般は天下の名工で、すでに宋を攻める器械を作った」と言うと、墨子は「では公輸般に試しに攻めさせてください。私が試しに守りましょう」と言った。そこで公輸般が宋を攻める器械を仕掛け、墨子が宋を守る備えを設けた。公輸般が九度攻め、墨子が九度退け、攻め込めなかった。だから楚は攻撃をやめて宋を攻めなかった。墨子が弁論の術で楚を防ぎ宋の危難を救ったとは、このことを言う。
解説
この章句が説くこと
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戦国策・公輸般爲楚設機公輸般、楚の為に機を設け、将に以て宋を攻めんとす。墨子之を聞き、百舍重繭して、往きて公輸般に見え、之に謂いて曰く、「吾は宋自り子を聞けり。吾は子を藉りて王を殺さんと欲す」と。公輸般曰く、「吾が義は固より王を殺さず」と。墨子曰く、「公が雲梯を為り、将に以て宋を攻めんとすと聞く。宋に何の罪か之有らん。義として王を殺さずして国を攻む、是れ少を殺さずして衆を殺すなり。敢えて問う、宋を攻むるは何の義なるや」と。公輸般服す、之を王に見えんことを請う。墨子、楚王に見えて曰く、「今此に人有りて、其の文軒を舍てて、鄰に弊輿有りて之を竊まんと欲す。其の錦繡を舍てて、鄰に短褐有りて之を竊まんと欲す。其の梁肉を舍てて、鄰に糟糠有りて之を竊まんと欲す。此れ何若なる人と為すや」と。王曰く、「必ず竊疾有りと為さん」と。墨子曰く、「荊の地は方五千里、宋は方五百里、此れ猶お文軒の弊輿に与けるがごときなり。荊に雲夢有り、犀兕麋鹿之に盈ち、江・漢の魚鱉黿鼉は天下の饒と為る、宋は所謂雉兔鮒魚無き者なり、此れ猶お梁肉の糟糠に与けるがごときなり。荊に長松・文梓・楩・柟・豫樟有り、宋に長木無し、此れ猶お錦繡の短褐に与けるがごときなり。惡んぞ王吏の宋を攻むるを以て、此と類を同じくすと為さんや」と。王曰く、「善いかな。請う宋を攻むる無からん」と。
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戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
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呂氏春秋・行論⑤楚の莊王、文無畏をして齊に使いせしむ。宋を過ぐるに、先づ道を假らず。還反らんとするや、華元、宋の昭公に言いて曰く、「往きて道を假らず、來たりて道を假らざるは、是れ宋を以て野鄙と為すなり。楚の會田するや、故らに君の僕を孟諸に鞭うてり。請う之を誅せん。」乃ち文無畏を揚梁の隄に殺す。莊王方に袂を削し、之を聞きて曰く、「嘻。」袂を投じて起ち、履は諸を庭に及び、劍は諸を門に及び、車は之を蒲疏の市に及び、遂に郊に舎し、師を興して宋を圍むこと九月。宋人、子を易えて之を食らい、骨を析きて之を爨ぐ。宋公、肉袒して犧を執り、委服して病しめるを告ぐ、曰く、「大國若し之を宥圖せば、唯だ命を是れ聽かん。」莊王曰く、「情なるかな、宋公の言や。」乃ち為に卻くこと四十里にして、盧門の闔に舎す。成ぎを為して歸る所以なり。凡そ事の本は人主に在り、人主の患いは、事を先にして人を簡るに在り。人を簡れば則ち事窮す。今人臣死して當たらずとし、親ら士民を帥いて以て其の故を討ちしは、人を簡らずと謂う可し。宋公服して病しみを以て告げ、而して師を還ししは、窮せずと謂う可し。夫れ諸侯を漢陽に合して飲至せし者は、其れ義を以て進退すればなるか。彊以て此を成すに足らざるなり。
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『列子』黄帝篇惠盎曰く、夫れ之を刺すも入らず、之を擊つも中たらざるは、此れ猶お辱なり。臣に此に道有り。人をして勇有りと雖も、敢えて刺さず、力有りと雖も、敢えて擊たざらしむ。夫れ敢えてせざるは、其の志無きに非ざるなり。臣に此に道有り。人をして本より其の志無からしむ。夫れ其の志無きは、未だ愛利の心有らざるなり。臣に此に道有り。天下の丈夫女子をして驩然として皆な之を愛利せんと欲せざる莫からしむ。此れ其の勇にして力有るより賢れること、四累の上なり。大王獨り意無きか、と。宋王曰く、此れ寡人の得んと欲する所なり、と。惠盎對えて曰く、孔・墨是れのみ。孔丘・墨翟は地無くして君と爲り、官無くして長と爲る。天下の丈夫女子、頸を延べ踵を舉げて之を安利せんと願わざる莫し。今大王は、萬乘の主なり。誠に其の志有らば、則ち四竟の内、皆な其の利を得ん。其の孔・墨に賢れること遠し、と。宋王以て應うる無し。惠盎趨りて出づ。宋王左右に謂いて曰く、辯なるかな、客の說を以て寡人を服せしむるや、と。
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戦国策・齊楚構難斉・楚、難を構う。宋、中立を請う。斉、宋を急にす、宋之を許す。子象、楚の為に宋王に謂いて曰わく、「楚は緩を以て宋を失えば、将に斉の急を法とせんとす。斉は急を以て宋を得れば、後将に常に急ならんとす。是れ斉に従いて楚を攻むるは、未だ必ずしも利あらざるなり。斉、戦いて楚に勝てば、勢い必ず宋を危うくす。勝たざれば、是れ弱宋を以て強楚を干すなり。而して両万乗の国をして、常に急を以て欲する所を求めしめば、国必ず危うし。」
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呂氏春秋・髙義③子墨子、公上過を越に游ばしむ。公上過、墨子の義を語る、越王之を說び、公上過に謂いて曰く、「子の師苟くも肯て越に至らば、請う、故の吳に地なる陰江の浦、書社三百を以て、以て夫子に封ぜん。」公上過、往きて子墨子に復す。子墨子曰く、「子の越王を觀るや、能く吾が言を聽き、吾が道を用いんか。」公上過曰く、「殆ど未だ能わざるなり。」墨子曰く、「唯だ越王のみ翟の意を知らざるにあらず、子と雖も亦た翟の意を知らず。若し越王、吾が言を聽き、吾が道を用いなば、翟、身を度りて衣、腹を量りて食らい、賓萌に比すとも、未だ敢て仕を求めざらんや。越王、吾が言を聽かず、吾が道を用いずんば、越を全くして以て我に與うと雖も、吾、これを用うる所無し。越王、吾が言を聽かず、吾が道を用いずして、其の國を受くるは、是れ義を以て糶するなり。義もて糶せば何ぞ必ずしも越のみならん。中國に於いてすと雖も亦た可なり。」凡そ人は熟論せざる可からず。秦の野人、小利の故を以て、弟兄相獄し、親戚相忍ぶ。今其の國を得可くして、其の義を虧かんことを恐れて之を辭す。能く行いを守ると謂う可し。其の秦の野人と相去ること亦た遠し。