呂氏春秋 / 開春③
韓氏城新城,期十五日而成。段喬為司空。有一縣後二日,段喬執其吏而囚之。囚者之子走告封人子高曰:「唯先生能活臣父之死,願委之先生。」封人子高曰:「諾。」乃見段喬,自扶而上城。封人子高左右望曰:「美哉城乎!一大功矣。子必有厚賞矣。自古及今,功若此其大也,而能無有罪戮者,未嘗有也。」封人子高出,段喬使人夜解其吏之束縛也而出之。故曰封人子高為之言也,而匿己之為而為也;段喬聽而行之也,匿己之行而行也。說之行若此其精也。封人子高可謂善說矣。
新字:韓氏城新城,期十五日而成。段喬為司空。有一県後二日,段喬執其吏而囚之。囚者之子走告封人子高曰:「唯先生能活臣父之死,願委之先生。」封人子高曰:「諾。」乃見段喬,自扶而上城。封人子高左右望曰:「美哉城乎!一大功矣。子必有厚賞矣。自古及今,功若此其大也,而能無有罪戮者,未嘗有也。」封人子高出,段喬使人夜解其吏之束縛也而出之。故曰封人子高為之言也,而匿己之為而為也;段喬聴而行之也,匿己之行而行也。説之行若此其精也。封人子高可謂善説矣。
書き下し
韓氏、新城を城き、十五日を期して成さんとす。段喬、司空為り。一縣後るること二日なるもの有り。段喬、其の吏を執らえて之を囚す。囚者の子走りて封人子高に告げて曰く、「唯だ先生のみ能く臣の父の死を活かさん。願わくは之を先生に委ねん。」封人子高曰く、「諾。」乃ち段喬に見え、自ら扶けて城に上る。封人子高左右に望みて曰く、「美なるかな城や。一大功なり。子必ず厚賞有らん。古自り今に及ぶまで、功、此の若く其れ大にして、而も能く罪戮有ること無き者、未だ嘗て有らざるなり。」封人子高出づるや、段喬、人をして夜其の吏の束縛を解かしめて、之を出だす。故に曰く、「封人子高の之が言を為すや、己の為を匿して為せるなり。段喬の聽きて之を行うや、己の行を匿して行えるなり。」說の行われること此の若く其れ精なり。封人子高、善く說けりと謂う可し。
現代語訳
韓の国が新城を築くのに、十五日で完成させる期限を定めた。段喬が司空(土木長官)であった。ある一県だけが二日遅れたので、段喬はその役人を捕らえて牢に入れた。役人の子は封人(国境を守る官)の子高のもとへ走って行き、「先生だけが父の死を救えます。お任せします」と頼んだ。子高は引き受け、段喬に会って自ら助けられながら城壁に登った。子高は左右を見渡して「なんと美しい城だ。一大功績だ。あなたは必ず厚い褒賞を受けよう。古今、これほどの大功をあげて処罰された者などいたためしがない」と言った。子高が退出すると、段喬は夜に人をやってその役人の縄を解いて釈放した。だから「子高は進言でありながら自分の意図を隠して言い、段喬は聞き入れて実行しながら自分の意図を隠して行った」と言う。説得がこれほど巧妙に運んだのだ。子高はよく説いたと言える。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・開春④叔嚮の弟羊舌虎、欒盈に善し。欒盈、晉に罪有り。晉、羊舌虎を誅す。叔嚮之が為に奴となりて朡る。祈奚曰く、「吾聞く、小人位を得て、爭わざるは不祥なり。君子憂に在りて、救わざるは不祥なり。」乃ち往きて范宣子に見えて說くなり。曰く、「聞くならく、善く國を為むる者は、賞過ぎずして刑慢ならず。賞過ぐれば則ち淫人に及ばんことを懼れ、刑慢ならば則ち君子に及ばんことを懼る。其の不幸にして過つに與いては、寧ろ過ちて淫人を賞すとも、過ちて君子を刑すること毋かれ。故に堯の刑するや、鯀を虞に殛して禹を用う。周の刑するや、管・蔡を戮して周公を相とす。刑を慢にせざるなり。」宣子乃ち吏に命じて叔嚮を出だす。人の患を救う者は、危苦を行い、煩辱を避けざるも、猶ほ免れしむること能わず。今、祈奚、先王の德を論じて、叔嚮、免るることを得たり。學は豈に以て已む可けんや。類多く此の若し。
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説苑・權謀楚の公子午秦に使ひして、秦之を囚ふ。其の弟三百金を叔向に獻ず。叔向平公に謂ひて曰く、「何ぞ壺丘に城かざる。秦・楚壺丘の城を患へん。若し秦懼れて公子午を歸し、以て吾が城くを止めしめば、君乃ち止めよ。難亦た未だ構へず、楚必ず君に德とせん」と。平公曰く、「善し」と。乃ち之を城く。秦懼れ、遂に公子午を歸して之を晉に使はしむ。晉人城くを輟め、楚晉の賦三百車を獻ず。
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戦国策・公叔使馮君於秦公叔馮君を秦に使いせしむるや、留められんことを恐れ、陽向に教えて秦王に說かしめて曰く、「馮君を留めて以て韓臣に善くするは、上知に非ざるなり。主君馮君に善くして、之に資するに秦を以てするに如かず。馮君王を廣めて公叔を聽かず、以て太子と爭わしめば、則ち王澤布きて、韓に害あらん。」
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説苑・權謀韓の昭侯高門を造作す。屈宜咎曰く、「昭侯此の門を出でざらん」と。曰く、「何ぞや」と。曰く、「時ならず。吾が謂ふ所の時ならずとは、時日に非ざるなり。人固より利不利有り。昭侯嘗て利ありし時、高門を作らず。往年秦宜陽を拔き、明年大いに旱して民飢う。此の時を以て民の急を恤まずして、顧りて反りて益ゝ奢る。此れ謂ふ所の福重ねて至らず、禍必ず重ねて來る者なり」と。高門成りて、昭侯卒す。竟に此の門を出でず。
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呂氏春秋・報更④孟嘗君前に薛に在りしとき、荊人、之を攻む。淳于髡、齊の為に荊に使いし、還反りて、薛を過る。孟嘗君、人をして禮貌せしめて、親ら之を郊送し、淳于髡に謂いて曰く、「荊人、薛を攻む。夫子為に憂えずんば、文以て復た待すること無けん。」淳于髡曰く、「敬みて命を聞けり。」齊に至り、報を畢う。王曰く、「何をか荊に見たる。」對えて曰く、「荊は甚だ固なり、而して薛も亦た其の力を量らず。」王曰く、「何の謂ぞや。」對えて曰く、「薛は其の力を量らずして、先王の為に清廟を立て、荊は固にして薛を攻む。薛の清廟必ず危うからん。故に曰く、薛、其の力を量らずして、而して荊も亦た甚だ固なり。」齊王、顏色を知して曰く、「嘻、先君の廟焉に在り。」疾やかに兵を舉げて之を救う。是に由りて薛遂に全し。顛蹙の請、坐拜の謁、得ると雖も則ち薄し。故に善く説く者は、其の勢を陳べ、其の方を言い、人の急を見ること、自ら危厄の中に在るが若し。豈に彊力を用いんや。彊力は則ち鄙し。説の聽かれざるは、任獨り説く所に在るのみならず、亦た説く者に在り。
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史記 老子韓非列伝凡そ説の務めは、説く所の敬ふ所を飾り、其の醜づる所を滅ふを知るに在り。彼自ら其の計を知とせば、則ち其の失を以て之を窮せしむる毋かれ。自ら其の断を勇とせば、則ち其の敵を以て之を怒らしむる毋かれ。自ら其の力を多とせば、則ち其の難を以て之を概する毋かれ。異事の同計なるを規とし、異人の同行なる者を誉むれば、則ち以て之を飾りて傷つくる無し。与に失を同じくする者有らば、則ち明らかに其の失無しと飾れ。大忠は拂悟する所無く、辞言は撃排する所無く、乃ち後に其の弁知を申ぶ。此れ親近せられ疑はれざる所以にして、知を尽くすことの難きなり。曠日弥々久しきを得て周澤既に渥ければ、深く計るも疑はれず、交々争ふも罪せられず、乃ち明らかに利害を計りて以て其の功を致し、直ちに是非を指して以て其の身を飾る。此れを以て相ひ持す、此れ説の成るなり。