呂氏春秋 / 觀表②
郈成子為魯聘於晉,過衛,右宰穀臣止而觴之,陳樂而不樂,酒酣而送之以璧,顧反,過而弗辭,其僕曰:「曏者右宰穀臣之觴吾子也甚歡,今侯渫過而弗辭?」郈成子曰:「夫止而觴我,與我歡也;陳樂而不樂,告我憂也;酒酣而送我以璧,寄之我也。若由是觀之,衛其有亂乎?」倍衛三十里,聞甯喜之難作,右宰穀臣死之。還車而臨,三舉而歸。至,使人迎其妻子,隔宅而異之,分祿而食之,其子長而反其璧。孔子聞之曰:「夫智可以微謀、仁可以託財者,其郈成子之謂乎!」郈成子之觀右宰穀臣也,深矣妙矣,不觀其事而觀其志,可謂能觀人矣。
新字:郈成子為魯聘於晉,過衛,右宰穀臣止而觴之,陳楽而不楽,酒酣而送之以璧,顧反,過而弗辞,其僕曰:「曏者右宰穀臣之觴吾子也甚歓,今侯渫過而弗辞?」郈成子曰:「夫止而觴我,与我歓也;陳楽而不楽,告我憂也;酒酣而送我以璧,寄之我也。若由是観之,衛其有乱乎?」倍衛三十里,聞甯喜之難作,右宰穀臣死之。還車而臨,三舉而帰。至,使人迎其妻子,隔宅而異之,分禄而食之,其子長而反其璧。孔子聞之曰:「夫智可以微謀、仁可以託財者,其郈成子之謂乎!」郈成子之観右宰穀臣也,深矣妙矣,不観其事而観其志,可謂能観人矣。
書き下し
郈成子、魯の為に晉に聘し、衛を過ぐ。右宰穀臣止めて之を觴す。樂を陳ぬるも樂しまず。酒酣にして之に送るに璧を以てす。顧反るに、過ぎて辭せず。其の僕曰く、「曏に右宰穀臣の吾子を觴するや、甚だ歡せり。今侯ぞ渫ねて過ぎて辭せざる。」郈成子曰く、「夫れ止めて我を觴するは、我と歡せるなり。樂を陳ねて樂しまざるは、我に憂いを告ぐるなり。酒酣にして我に送るに璧を以てするは、之を我に寄するなり。若し是に由り之を觀れば、衛其れ亂有らんか。」衛を倍ること三十里、甯喜の難作り、右宰穀臣之に死せるを聞く。車を還して臨み、三舉して歸る。至りて、人をして其の妻子を迎えしめ、宅を隔てて之を異き、禄を分かちて之を食い、其の子長じて其の璧を反す。孔子之を聞きて曰く、「夫れ智は以て謀を微う可く、仁は以て財を託す可しとは、其れ郈成子の謂か。」郈成子の右宰穀臣を觀るや、深し、妙なり。其の事を觀ずして其の志を觀る。能く人を觀ると謂う可し。
現代語訳
郈成子が魯のために晋へ使いし、衛を通った。右宰穀臣が引き止めてもてなし、音楽を並べたが楽しまず、酒がたけなわになると璧を贈った。郈成子は帰り道に、衛を素通りして別れの挨拶もしなかった。従者が言った、「先ほど右宰穀臣があなたをもてなしたときは大変喜んでいました。今、どうして重ねて素通りして挨拶もしないのですか」。郈成子は言った、「引き止めて私をもてなしたのは、私と喜びを共にしたのだ。音楽を並べて楽しまなかったのは、私に憂いを告げたのだ。酒がたけなわで璧を贈ったのは、これを私に預けたのだ。もしこれによって見れば、衛にはきっと乱があるのだろう」。衛を離れて三十里、甯喜の乱が起こり、右宰穀臣がそれに殉じたと聞いた。車を返して弔い、三度哭して帰った。着くと、人をやって穀臣の妻子を迎えさせ、宅を分けて住まわせ、俸禄を分けて養い、その子が成長すると璧を返した。孔子はこれを聞いて言った、「智は謀をうかがうことができ、仁は財を託すことができるとは、郈成子のことだろうか」。郈成子が右宰穀臣を観察したのは、深く妙であった。その事(表面)を見ずにその志を見た。人を観る者と言えよう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・觀表①凡そ人心を論じ、事傳を觀ることは、熟せざる可からず、深からざる可からず。天は高しと為す。而して日月星辰雲氣雨露、未だ嘗て休まざるなり。地は大と為す。而して水泉草木毛羽裸鱗、未だ嘗て息まざるなり。凡そ天地の間、六合の內に居る者、其の務めて相安利を為すや、夫の相害危を為す者、勝げて數う可からず。人事皆然り。事は心に隨い、心は欲に隨う。欲に度無き者は、其の心度無し。心に度無き者は、則ち其の為す所は知る可からず。人の心は隱匿して見難く、淵深にして測り難し。故に聖人は事に於て焉を知る。聖人の人に過ぐる所以は先知を以てなり。先知は必ず徴表を審らかにす。徴表無くして先知せんと欲すれば、堯・舜も衆人と等を同じくす。徴は易しと雖も、表は難しと雖も、聖人は則ち以て飄す可からずとす。衆人は則ち道無くして至るとす。道無くして至れば則ち以て神と為し、以て幸と為す。神に非ず幸に非ず。其の數然らざるを得ず。郈成子・吳起之に近し。
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呂氏春秋・精諭⑤齊の桓公、諸侯を合するや、衛人後れて至る。公、朝して管仲と衛を伐たんことを謀る。朝を退きて入る。衛姬、君を望見し、堂を下りて再拜し、衛君の罪を請う。公曰く、「吾、衛に於いて故無し。子曷為れぞ請う。」對えて曰く、「妾、君の入るを望むや、足高く氣彊し。國を伐つの志有るなり。妾を見て動色有り。衛を伐つなり。」明日、君朝し、管仲を揖して之を進む。管仲曰く、「君、衛を舎すか。」公曰く、「仲父安んぞ之を識る。」管仲曰く、「君の朝に揖するや恭にして、言うや徐なり。臣を見て慚色有り。臣是を以て之を知る。」君曰く、「善し。仲父、外を治め、夫人、內を治む。寡人、終に諸侯の笑いと為らざるを知る。」桓公の匿す所以の者は不言なり。今管子は乃ち容貌音聲を以てし、夫人は乃ち行歩氣志を以てす。桓公言わずと雖も、暗夜にして燭の燎ゆるが若きなり。
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説苑・權謀趙簡子人をして明白の乘六を以てし、先んじて一璧を以てし、遺と爲して衛に於てせしむ。衛の叔文子曰く、「意はざるを見るは、以て生くべし。故に此れ小の大に事ふる所以なり。今我未だ以て往かざるに、簡子先んじて以て來る。必ず故有らん」と。是に於て林を斬り圍を除き、蓄積を聚斂して、而る後に使者を遣る。簡子曰く、「吾が舉は、知るべからざるを爲すなり。今既に已に之を知る。乃ち衛を圍むを輟む」と。
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呂氏春秋・觀世②晏子、晉に之き、裘を反し芻を負い塗に息う者を見る、以為らく、君子なりと。人をして問わしめて曰く、「曷為れぞ此に至る。」對えて曰く、「齊人之を累す。名を越石父と為す。」晏子曰く、「譆。」遽かに左驂を解きて以て之を贖い、載せて與に歸る。舍に至り、辭せずして入る。越石父怒り、絶を請う。晏子、人をして之に應えしめて曰く、「嬰未だ嘗て交りを得ざるなり。今、子を患いより免れしむ。吾の子に於けるや猶ほ未だしきか。」越石父曰く、「吾聞く、君子は己を知らざる者に屈し、己を知る者に伸ぶと。吾是を以て絶を請うなり。」晏子乃ち出でて之を見て曰く、「嚮には客の容を見るのみ。今や客の志を見る。嬰聞く、實を察する者は聲を留めず、行を觀る者は辭を譏せずと。嬰辭を以てして棄てらるること無かる可きか。」越石父曰く、「夫子之を禮せば、敢て敬みて從わざらんや。」晏子遂に以て客と為す。俗人は功有れば則ち德とす。德なれば則ち驕る。今晏子の功は人を阨より免れしむるに、而も反って屈して之に下る。其の俗を去ること亦た遠し。此れ功を全うするの道なり。
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説苑・復恩呉の赤市智氏に使ひするに、道を衛に仮る、甯文子紵絺三百製を具へ、将に以て之を送らんとす、大夫豹曰く、「呉大国なりと雖も、交假の道を壊らざれば、則ち亦た敬なり、又何ぞ礼せんや」と。甯文子聴かず、遂に呉の赤市に之を致す。智氏に至り、既に事を得て、将に呉に帰らんとするに、智伯舟を造りて梁と為さしむ、呉の赤市曰く、「吾之を聞く、天子は水に済るに、舟を造りて梁と為し、諸侯は舟を維ぎて梁と為し、大夫は舟を方ぶ、と。舟を方ぶるは、臣の職なり、且つ敬すること太だ甚だしきは必ず故有り」と。人をして之を視しむるに、視れば則ち兵用ゐられて後に在り、将に亦た衛を襲はんとするなり。呉の赤市曰く、「衛吾が道を仮して厚く我を贈る、我難を見て告げざれば、是れ与に謀るなり」と。疾と称して留り、人をして衛に告げしむ、衛人警戒す、智伯之を聞き、乃ち止む。
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説苑・臣術晏子方に食す、君の使者至る、食を分かちて之を食わしむ、晏子飽かず。使者返りて之を景公に言う。景公曰く、「嘻、夫子の家是くの若く其れ貧しきか、寡人知らざるなり、是れ寡人の過ちなり」と。吏をして千家の県一を晏子に致さしむ。晏子再拝して辞して曰く、「嬰の家貧しからず、君の賜を以て、沢三族に覆い、延いて交遊に及び、以て百姓を振う、君の賜厚し、嬰の家貧しからざるなり。嬰聞く、厚く之を君に取りて厚く之を人に施すは、君に代わりて君と為すなり、忠臣為さざるなり。厚く之を君に取りて之を蔵するは、是れ筐筴の存するなり、仁人為さざるなり。厚く之を君に取りて之を施す所無きは、身死して財遷る、智者為さざるなり。嬰聞く、人臣為るは、進みて上に事うるに忠を以てせず、退きて下に克たざるを以て廉と為す、八升の布、一豆の食、足れり」と。使者三たび返り、遂に辞して受けず。陳成子鴟夷子皮に謂いて曰く、「常に何を与にせん」と。対えて曰く、「君死せば吾死せず、君亡ぶれば吾亡びず」と。陳成子曰く、「然らば子何を以て常に与にせん」と。対えて曰く、「未だ死せずして死を去り、未だ亡びずして亡を去る、其れ何の死亡か之有らんや。命に従いて君を利するを之れ順と謂い、命に従いて君を病ましむるを之れ諛と謂い、命に逆らいて君を利するを之れ忠と謂い、命に逆らいて君を病ましむるを之れ乱と謂う。君過ち有りて諫諍せず、将に国を危うくし社稷を殞さんとするに、能く言を君に尽くす者有り、用いらるれば則ち之に留まり、用いられざれば則ち之を去る、之を諫と謂う。用いらるれば則ち生くべく、用いられざれば則ち死す、之を諍と謂う。能く比和同力して群下を率いて相い与に君を強矯する者有り、君安からずと雖も、聴かざる能わず、遂に国の大患を解き、国の大害を除き、尊君安国に成る、之を輔と謂う。能く君の命に亢い、君の事に反し、君の重きを竊みて以て国の危を安んじ、主の辱を除去し攻伐して以て国の大利を成すに足る者有り、之を弼と謂う。故に諫諍輔弼の人は、社稷の臣なり。明君の尊礼する所にして、闇君以て己が賊と為す。故に明君の賞する所は、闇君の殺す所なり。明君問を好み闇君独りを好み、明君賢を上げ能を使いて其の功を享け、闇君賢を畏れ能を妒みて其の業を減じ、其の忠を罰して、其の賊を賞す。夫れ是を之れ至闇と謂う、桀紂の亡ぶる所以なり。詩に云う、『曾て是れ聴くこと莫く、大命以て傾く』と、此を之れ謂うなり」と。