呂氏春秋 / 知分①
達士者,達乎死生之分。達乎死生之分,則利害存亡弗能惑矣。故晏子與崔杼盟而不變其義;延陵季子,吳人願以為王而不;用孫叔敖三為令尹而不喜,三去令尹而不憂;皆有所達也。有所達則物弗能惑。
新字:達士者,達乎死生之分。達乎死生之分,則利害存亡弗能惑矣。故晏子与崔杼盟而不変其義;延陵季子,吳人願以為王而不;用孫叔敖三為令尹而不喜,三去令尹而不憂;皆有所達也。有所達則物弗能惑。
書き下し
達士は、死生の分に達す。死生の分に達すれば、則ち利害存亡、惑わすこと能わず。故に晏子、崔杼と盟いて其の義を變ぜず。延陵の季子、呉人の以て王為らんことを願いしも肯ぜず。孫叔敖、三たび令尹と為りて喜ばず、三たび令尹を去りて憂えず。皆達する所有るなり。達する所有れば、則ち物、惑わすこと能わず。
現代語訳
達士とは、死生の分(区別・道理)に通じた者である。死生の分に通じれば、利害や存亡も心を惑わせることはできない。だから晏子は崔杼と盟いながらその義を変えず、延陵の季子は呉人が王に立てようとしても承知せず、孫叔敖は三度令尹(宰相)となっても喜ばず、三度令尹を退いても憂えなかった。みな通達するところがあったのだ。通達するところがあれば、外物は心を惑わせられない。
解説
篇の総論で、「達士」すなわち生死の道理に通じた人物像を示します。要点は、死生の区別を悟れば利害・存亡に心を乱されず、外物に惑わされないという境地です。背景に、晏子・延陵季子・孫叔敖という、地位や利害に動じなかった賢人の実例が並びます。得ても喜ばず失っても憂えないという平静さは、結果に一喜一憂せず本分を守る態度として、成果やポストに揺れがちな現代の生き方にも示唆を与えます。何に達するかが人の強さを決めるという主張です。
この章句が説くこと
知分達士死生の分晏子孫叔敖延陵季子