呂氏春秋 / 舉難②
季孫氏劫公家。孔子欲諭術則見外,於是受養而便說,魯國以訾。孔子曰:「龍食乎清而游乎清,螭食乎清而游乎濁,魚食乎濁而游乎濁。今丘上不及龍,下不若魚,丘其螭邪。」夫欲立功者,豈得中繩哉?救溺者濡,追逃者趨。
新字:季孫氏劫公家。孔子欲諭術則見外,於是受養而便説,魯国以訾。孔子曰:「竜食乎清而游乎清,螭食乎清而游乎濁,魚食乎濁而游乎濁。今丘上不及竜,下不若魚,丘其螭邪。」夫欲立功者,豈得中縄哉?救溺者濡,追逃者趨。
書き下し
季孫氏、公家を劫かす。孔子、術を諭さんと欲すれば則ち外んぜらるとし、是に於て養を受けて便說す。魯國以て訾る。孔子曰く、「龍は清に食らいて清に游び、螭は清に食らいて濁に游び、魚は濁に食らいて濁に游ぶ。今、丘、上は龍に及ばず、下は魚の若くならず。丘は其れ螭なるか。」夫れ功を立てんと欲する者は、豈に繩に中ることを得んや。溺るるを救う者は濡れ、逃るるを追う者は趨る。
現代語訳
季孫氏が魯の公室を脅かしていた。孔子は臣下の道を諭そうとすれば疎んじられると考え、そこでいったん俸禄を受けて機を見て説こうとした。魯の人々はこれを非難した。孔子は言った。「龍は清らかな水を食べて清らかな水に遊び、螭は清らかな水を食べて濁った水に遊び、魚は濁った水を食べて濁った水に遊ぶ。いま私は、上は龍に及ばず、下は魚のようにもなれない。私はまあ螭といったところか」と。そもそも功を立てようとする者が、どうして墨縄のように一分の狂いもなくいられよう。おぼれる者を救う者は自分も濡れ、逃げる者を追う者は自分も走るのである。
解説
この段は、乱れた魯で孔子が現実的に妥協した姿を、龍・螭・魚のたとえで語ります。要点は、清濁を併せのむ螭になぞらえ、理想(龍)に届かずとも俗(魚)に沈みもしない中間的な立場をとった、という自己認識です。背景には、季孫氏が公室を脅かす状況で、正論を貫けば遠ざけられるため、あえて禄を受けて機会をうかがった判断があります。功を成そうとする者は潔癖なだけではいられないと論じます。現代でも、理想を実現するには現実との折り合いや、多少泥をかぶる覚悟が要ります。清濁併せのむ実践知の大切さを示す一段です。
この章句が説くこと
挙難孔子清濁併呑竜螭魚現実と妥協季孫氏
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