呂氏春秋 / 爲欲②
善為上者,能令人得欲無窮,故人之可得用亦無窮也。蠻夷反舌殊俗異習之國,其衣服冠帶,宮室居處,舟車器械,聲色滋味皆異,其為欲使一也。三王不能革,不能革而功成者,順其天也;桀、紂不能離,不能離而國亡者,逆其天也。逆而不知其逆也,湛於俗也。久湛而不去則若性。性異非性,不可不熟。不聞道者,何以去非性哉?無以去非性,則欲未嘗正矣。欲不正,以治身則夭,以治國則亡。故古之聖王,審順其天而以行欲,則民無不令矣,功無不立矣。聖王執一,四夷皆至者,其此之謂也。
新字:善為上者,能令人得欲無窮,故人之可得用亦無窮也。蠻夷反舌殊俗異習之国,其衣服冠帯,宮室居処,舟車器械,声色滋味皆異,其為欲使一也。三王不能革,不能革而功成者,順其天也;桀、紂不能離,不能離而国亡者,逆其天也。逆而不知其逆也,湛於俗也。久湛而不去則若性。性異非性,不可不熟。不聞道者,何以去非性哉?無以去非性,則欲未嘗正矣。欲不正,以治身則夭,以治国則亡。故古之聖王,審順其天而以行欲,則民無不令矣,功無不立矣。聖王執一,四夷皆至者,其此之謂也。
書き下し
善く上為る者は、能く人をして欲を得ること窮まり無からしむ。故に人の用うるを得可きも亦た窮まり無きなり。蠻夷反舌、殊俗異習の國は、其の衣服冠帶、宮室居處、舟車器械、聲色滋味、皆異なれども、其の欲の使為ることは一なり。三王も革むること能わず。革むること能わずして功成りしは、其の天に順えばなり。桀・紂は離すこと能わず。離すこと能わずして國亡びしは、其の天に逆えばなり。逆いて其の逆うことを知らざるは、俗に湛ればなり。久しく湛りて去らずんば、則ち性の若し。性と非性とは、熟せざる可からず。道を聞かざる者は、何を以てか非性を去らんや。以て非性を去ること無くんば、則ち欲未だ嘗て正しからず。欲正しからずして、以て身を治むれば則ち夭し、以て國を治むれば則ち亡ぶ。故に古の聖王は、審らかに其の天に順いて以て欲を行えば、則ち民令せられざる無く、功立たざる無し。聖王一を執り、四夷皆至るとは、其れ此を之れ謂うなり。
現代語訳
うまく上に立つ者は、人に欲望を限りなく満たさせることができる。だから人を用いる余地もまた限りない。言葉の通じない蛮夷や、風俗習慣の異なる国々は、衣服も冠帯も、住居も、舟車も器械も、音楽・色・味わいもみな異なるが、欲望が行動を突き動かす点では一つである。三王もこれを改められなかった。改められないまま功を成したのは、その自然の道理に順ったからだ。桀・紂もこれを切り離せなかった。切り離せないまま国が滅んだのは、その自然の道理に逆らったからだ。逆らいながら逆らっていると気づかないのは、俗習に浸りきっているからである。長く浸って抜け出さなければ、それはまるで生まれつきの本性のようになる。本性と本性でないものとの違いは、よく考え抜かねばならない。道を聞かない者は、どうして本性でないものを取り除けよう。本性でないものを取り除けなければ、欲望はけっして正しくならない。欲望が正しくないまま身を治めれば早死にし、国を治めれば滅ぶ。だから古の聖王は、よく自然の道理に順って欲望を導いたので、民は命令に従わぬことがなく、功は立たぬことがなかった。聖王が一を執って四方の異民族がみな帰服するとは、このことをいうのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・爲欲①民をして欲無からしめば、上賢なりと雖も猶ほ用うること能わず。夫れ欲無き者は、其の天子為るを視るや、輿隸為ると同じ、其の天下を有つを視るや、立錐の地無きと同じ、其の彭祖為るを視るや、殤子為ると同じ。天子は至貴なり、天下は至富なり、彭祖は至壽なり。誠に欲無ければ、則ち是の三者は以て勸むるに足らず。輿隸は至賤なり、立錐の地無きは至貧なり、殤子は至夭なり。誠に欲無ければ、則ち是の三者は以て禁ずるに足らず。會々一欲あれば、則ち北は大夏に至り、南は北戶に至り、西は三危に至り、東は扶木に至るまで、敢て亂とせず。白刃を犯し、流矢を冒し、水火に趣き、敢て卻かざるなり。晨に寤めて興き、耕を務め庸𣚣を疾め、煩辱を為し、敢て休まず。故に人の欲多き者は、其の用うるを得可きも亦た多し。人の欲少き者は、其の用うるを得可きも亦た少し。欲無き者は、用うるを得可からざるなり。人の欲多しと雖も、上以て之に令せしむること無ければ、人其の欲を得と雖も、人猶ほ用う可からざるなり。人をして欲を得しむるの道、審らかにせざる可からず。
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呂氏春秋・情欲①天、人を生じて、貪有り欲有らしむ。欲に情有り、情に節有り。聖人、節を修めて以て欲を止む。故に其の情を行うを過ごさざるなり。故に耳の五聲を欲し、目の五色を欲し、口の五味を欲するは、情なり。此の三者は、貴賤愚智賢不肖、之を欲すること一の若し。神農・黃帝と雖も、其れ桀・紂と同じ。聖人の異なる所以は、其の情を得ればなり。生を貴ぶに由りて動けば、則ち其の情を得、生を貴ぶに由らずして動けば、則ち其の情を失う。此の二者は、死生存亡の本なり。
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呂氏春秋・貴當①名號の大いに顯わるること、彊いて求む可からず。必ず其の道に繇る。物を治むるには物に於てせずして人に於てす。人を治むるには事に於てせずして君に於てす。君を治むるには君に於てせずして天子に於てす。天子を治むるには天子に於てせずして欲に於てす。欲を治むるには欲に於てせずして性に於てす。性なる者は萬物の本なり。長くす可からず、短かくす可からず。其の固より然るに因りて之を然りとす。此れ天地の數なり。赤肉を窺いて烏鵲聚まる。貍、堂に處りて衆鼠散じ、衰絰陳ねて、民、喪を知る,竽瑟陳ねて、民、樂を知る,湯・武、其の行いを修めて天下從い、桀・紂、其の行いを慢りにして天下畔く。豈に其の言を待たんや。君子は己に在る者を審らかにするのみ。
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荀子・栄辱篇凡そ人には一に同じき所有り。飢えては食を欲し、寒くしては煖を欲し、労しては息(いこ)いを欲し、利を好みて害を悪む。是れ人の生まれながらにして有する所なり、是れ待つ無くして然る者なり、是れ禹も桀も同じくする所なり。目は白黒美悪を辨(わきま)え、耳は音声の清濁を辨え、口は酸鹹甘苦を辨え、鼻は芬芳(ふんぽう)腥臊(せいそう)を辨え、骨体膚理は寒暑疾養を辨う。是れ又た人の常に生まれながらにして有する所なり、是れ待つ無くして然る者なり、是れ禹も桀も同じくする所なり。以て堯・禹と為るべく、以て桀・跖(せき)と為るべく、以て工匠と為るべく、以て農賈(のうこ)と為るべきは、埶(せい)と注錯習俗の積む所に在るのみ。是れ又た人の生まれながらにして有する所なり、是れ待つ無くして然る者なり、是れ禹も桀も同じくする所なり。堯・禹と為れば則ち常に安栄、桀・跖と為れば則ち常に危辱。堯・禹と為れば則ち常に愉佚(ゆいつ)、工匠農賈と為れば則ち常に煩労す。然れども人は力めて此れを為して、彼れを為すこと寡(すく)なきは、何ぞや。曰く、陋(ろう)なればなり。堯・禹なる者は、生まれながらにして具わる者に非ざるなり。夫れ変故より起こり、脩為に成り、尽くすを待ちて而る後に備わる者なり。人の生まれながらは固より小人なり、師無く法無ければ則ち唯だ利のみ之れ見るのみ。人の生まれながらは固より小人なり、又た以て乱世に遇い、乱俗を得れば、是れ小を以て小に重ね、乱を以て乱を得るなり。君子、埶を得て以て之に臨むに非ざれば、則ち由りて内(い)るるを開くを得る無し。今是の人の口腹、安くんぞ礼義を知らんや、安くんぞ辞譲を知らんや、安くんぞ廉恥隅積を知らんや。亦た呥呥(ぜんぜん)として嚼(か)み、郷郷(きょうきょう)として飽くのみ。人に師無く法無ければ、則ち其の心は正に其の口腹なり。今人をして生まれて未だ嘗て芻豢(すうけん)稲粱(とうりょう)を睹(み)ず、惟だ菽藿(しゅくかく)糟糠(そうこう)のみを之れ睹しめば、則ち至足は此に在りと以(おも)えり。俄かにして粲然として芻豢稲粱を秉(と)りて至る者有れば、則ち瞲然(けつぜん)として之を視て曰く、此れ何の怪しきぞや、と。彼れ之を臭(か)げば鼻に嗛(こころよ)く、之を嘗むれば口に甘く、之を食えば体に安し。則ち此れを棄てて彼れを取らざるは莫し。今夫の先王の道、仁義の統を以て、相い群居し、相い持養し、相い藩飾し、相い安固するか。夫の桀・跖の道を以てするか。是れ其の相い県(へだ)たること為るや、幾(あに)直(ただ)に夫の芻豢稲粱の糟糠に県たるのみならんや。然れども人は力めて此れを為して、彼れを為すこと寡なきは、何ぞや。曰く、陋なればなり。陋なる者は、天下の公患にして、人の大殃大害なり。故に曰く、仁者は人に告げ示すを好む、と。之に告げ、之に示し、之を靡(なび)かし、之を儇(めぐ)らし、之を鈆(みちび)き、之を重ぬれば、則ち夫の塞がる者も俄かに且(まさ)に通ぜんとし、陋なる者も俄かに且に僩(ひろ)からんとし、愚なる者も俄かに且に知ならんとす。是れ若し行われずんば、則ち湯・武上に在るも曷(なん)ぞ益あらん、桀・紂上に在るも曷ぞ損あらん。湯・武存すれば、則ち天下従いて治まり、桀・紂存すれば、則ち天下従いて乱る。是くの如き者は、豈に人の情、固より与に此くの如くすべく、与に彼くの如くすべきに非ずや。
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荀子・王覇篇羿・蜂門なる者は、善く射を服する者なり。王良・造父なる者は、善く馭を服する者なり。聡明の君子なる者は、善く人を服する者なり。人服して埶之に従い、人服せずして埶之を去る、故に王者は人を服するに已まる。故に人主善射を得んと欲し、遠きを射て微なるに中てんとせば、則ち羿・蜂門に若くは莫し。善馭を得んと欲し、速きに及び遠きを致さんとせば、則ち王良・造父に若くは莫し。天下を調え壱にし、秦・楚を制せんと欲せば、則ち聡明の君子に若くは莫し。其の知を用うること甚だ簡にして、其の事を為すこと労せず、而も功名は致めて大なり、甚だ処り易くして極めて楽しむべきなり。故に明君は以て宝と為し、愚者は以て難しと為す。夫れ貴くして天子と為り、富みて天下を有ち、名は聖王と為り、兼ねて人を制して、人得て制すること莫し、是れ人情の同じく欲する所にして、王者は兼ねて是れを有つ者なり。色を重ねて之を衣、味を重ねて之を食い、財物を重ねて之を制し、天下を合して之に君たり、飲食は甚だ厚く、声楽は甚だ大に、台謝は甚だ高く、園囿は甚だ広く、諸侯を臣使し、天下を一にす、是れ又た人情の同じく欲する所にして、天子の礼制は是くの如き者なり。制度以て陳ね、政令以て挾む、官人要を失えば則ち死し、公侯礼を失えば則ち幽せらる。四方の国、侈離の徳有らば則ち必ず滅ぶ。名声は日月の若く、功績は天地の如く、天下の人之に応ずること景嚮の如し、是れ又た人情の同じく欲する所にして、王者は兼ねて是れを有つ者なり。故に人の情、口は味を好みて、臭味焉より美なるは莫し。耳は声を好みて、声楽焉より大なるは莫し。目は色を好みて、文章は繁を致し、婦女焉より衆きは莫し。形体は佚を好みて、安重閒静焉より愉しきは莫し。心は利を好みて、穀禄焉より厚きは莫し。天下の同じく願う所を合して兼ねて之を有ち、天下を睪牢して之を制すること子孫を制するが若し。人苟くも狂惑戇陋なる者に非ざれば、其れ誰か能く是れを睹て楽しまざらんや。是れを欲するの主は、肩を並べて存す。是れを建つるを能くするの士は、世よ絶えず。千歳にして合わざるは、何ぞや。曰く、人主は公ならず、人臣は忠ならざればなり。人主は則ち賢を外にして偏り挙げ、人臣は則ち職を争いて賢を妒む、是れ其の合わざる所以の故なり。人主胡ぞ広からざる、親疎を卹うこと無く、貴賎に偏ること無く、惟だ誠に能なるをのみ之れ求めん。是くの若くんば、則ち人臣は職業を軽んじて賢に譲り、安んじて其の後に随わん。是くの如くんば、則ち舜・禹還ち至り、王業還ち起こらん。功は天下を壱にし、名は舜・禹に配す。物由お楽しむべき有らんや、是くの如く其れ美なる者あらんや。嗚呼、人に君たる者、亦た以て若き言を察すべし。楊朱は衢涂に哭して曰く、「此れ夫れ蹞歩を過挙して、跌くこと千里なるを覚る者かな」と。哀しみて之を哭す。此れ亦た栄辱・安危・存亡の衢のみ、此れ其の哀しむべきと為すこと、衢涂よりも甚だし。嗚呼、哀しいかな。人に君たる者、千歳にして覚らざるなり。
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呂氏春秋・先己②昔者、先聖王は、其の身を成して天下成り、其の身を治めて天下治まれり。故に善く響かせる者は、響に於いてせずして聲に於いてし、善く影つくる者は、影に於いてせずして形に於いてす。天下を為むる者は、天下に於いてせずして身に於いてす。詩に曰く、「淑人君子、其の儀忒わず。其の儀忒わずして、是の四國を正す。」諸を身に正しうするを言うなり。故に其の道に反れば而ち身善く、義を行えば則ち人善く、君道を備うることを樂しめば、而ち百官已に治まり、萬民已に利あり。三者の成るは、無為に在り。無為の道をば天に勝すと曰い、義をば身を利すと曰い、君をば身にすること勿しと曰う。身にすること勿ければ督しく聽き、身を利すれば平靜、天に勝せば性に順う。性に順えば則ち聰明にして壽長く、平靜なれば則ち業進みて嚮かうことを樂しみ、督しく聽けば則ち姦塞がり皇わず。故に上、其の道を失えば、則ち邊は敵に侵され、內は其の行いを失い、名聲外に墮つ。是の故に百仞の松も、本、下に傷つけば、末、上に槁る。商・周の國、謀、胸に失い、令、彼に困しめり。故に心得て聽くこと得、聽くこと得て事得、事得て功名得。五帝は道を先にして徳を後にす。故に德、焉より盛んなるは莫し。三王は教を先にして殺を後にす。故に事、焉より功あるは莫し。五伯は事を先にして兵を後にす。故に兵、焉より彊きは莫し。當今の世、巧謀並びに行われ、詐術遞いに用いられ、攻戰休まず、亡國辱主愈々衆し。事とする所の者、末なればなり。