呂氏春秋 / 審應②
孔思請行。魯君曰:「天下主亦猶寡人也,將焉之?」孔思對曰:「蓋聞君子猶鳥也,駭則舉。」魯君曰:「主不肖而皆以然也,違不肖,過不肖,而自以為能論天下之主乎?」凡鳥之舉也,去駭從不駭。去駭從不駭,未可知也。去駭從駭,則鳥曷為舉矣?孔思之對魯君也亦過矣。
新字:孔思請行。魯君曰:「天下主亦猶寡人也,将焉之?」孔思対曰:「蓋聞君子猶鳥也,駭則舉。」魯君曰:「主不肖而皆以然也,違不肖,過不肖,而自以為能論天下之主乎?」凡鳥之舉也,去駭従不駭。去駭従不駭,未可知也。去駭従駭,則鳥曷為舉矣?孔思之対魯君也亦過矣。
書き下し
孔思、行らんことを請う。魯君曰く、「天下の主も亦た猶ほ寡人のごときなり。將に焉に之かんとする。」孔思對えて曰く、「蓋し聞く、君子は猶ほ鳥のごときなり、と。駭かせば則ち舉がる。」魯君曰く、「主は不肖にして皆以て然るなり。不肖を違り、不肖に過り、而して自ら以て能く天下の主を論ずと為すか。凡そ鳥の舉がるや、駭かすを去りて駭かさざるに從う。駭かすを去りて駭かさざるに從うは、未だ知る可からざるなり。駭かすを去りて駭かすに從えば、則ち鳥、曷為れぞ舉がらん。」孔思の魯君に對うるや、亦た過てり。
現代語訳
孔思が魯を去って他国へ行きたいと願い出た。魯君は言った、「天下の君主もみな私と同じようなものだ。いったいどこへ行こうというのか。」孔思は答えた、「君子は鳥のようなものだと聞いております。驚かされれば飛び立つのです。」魯君は言った、「君主が愚かなのはどこも同じだ。愚かな君主を避け、愚かな君主から逃げておきながら、それで自分は天下の君主を見分けられると思っているのか。そもそも鳥が飛び立つのは、驚かす所を去って驚かさない所へ移るためだ。だが移った先が驚かさない所かどうかは分からない。もし驚かす所を去ってまた驚かす所へ移るなら、鳥はどうして飛び立とうか。」孔思の魯君への受け答えは、やはり誤っていた。
解説
この段では、悪い主君を避けて他国へ去ろうとする孔思が、驚くと飛び立つ鳥にみずからをたとえます。しかし魯君は、君主が愚かなのはどこも同じで、逃げた先も同じなら移る意味はないと切り返し、著者も孔思の答えを誤りと評します。戦国時代は士が君主を選んで各国を渡り歩く遊説が盛んで、去就の理屈が問われた背景があります。現代でも、嫌な上司や職場から逃げること自体は否定されませんが、行き先を見極めずただ逃げるだけでは同じ問題を繰り返しかねません。移る前に相手を見分ける眼を持つことが要点だと読み取れます。
この章句が説くこと
孔思魯君去就遊説鳥のたとえ見極め
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