呂氏春秋 / 執一①
──天地陰陽不革,而成萬物不同。目不失其明,而見白黑之殊;耳不失其聽,而聞清濁之聲。王者執一,而為萬物正。軍必有將,所以一之也;國必有君,所以一之也;天下必有天子,所以一之也;天子必執一,所以摶之也。一則治,兩則亂。今御驪馬者,使四人,人操一策,則不可以出於門閭者,不一也。
新字:──天地陰陽不革,而成万物不同。目不失其明,而見白黒之殊;耳不失其聴,而聞清濁之声。王者執一,而為万物正。軍必有将,所以一之也;国必有君,所以一之也;天下必有天子,所以一之也;天子必執一,所以摶之也。一則治,両則乱。今御驪馬者,使四人,人操一策,則不可以出於門閭者,不一也。
書き下し
天地陰陽、革まらずして、萬物を成すこと同じからず。目は其の明を失わずして、白黑の殊なるを見、耳は其の聽を失わずして、清濁の聲を聞く。王者は一を執りて、萬物の正と為る。軍には必ず將有り、之を一にする所以なり。國には必ず君有り、之を一にする所以なり。天下には必ず天子有り、之を一にする所以なり。天子は必ず一を執る、之を摶らにする所以なり。一なれば則ち治まり、兩ならば則ち亂る。今驪馬なり)を御する者、四人をして人ごとに一策を操らしめば、則ち以て門閭をも出づ可からざるは、一ならざればなり。
現代語訳
天地や陰陽は改まらないのに、それが成す万物はさまざまに異なる。目はその明るさを失わないのに、白と黒の違いを見分け、耳はその聞く力を失わないのに、清と濁の音を聞き分ける。王者は一を執り守って、万物の主となる。軍には必ず将がいる、軍を一つにまとめるためである。国には必ず君主がいる、国を一つにまとめるためである。天下には必ず天子がいる、天下を一つにまとめるためである。天子は必ず一を執り守る、それを一手に束ねるためである。統一されていれば治まり、二つに分かれれば乱れる。今、そえ馬まじりの四頭立てを御する者が、四人に一人ずつ一本の鞭を操らせたなら、村の門すら出られないのは、御し方が一つに統一されていないからである。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・有度⑤先王は盡く知ること能わず。一を執りて萬物治まれり。人をして一を執ること能わざらしむる者は、物之を感わしむればなり。故に曰く、意の悖れを通じ、心の繆を解き、德の累を去り、道の塞がりを通ぜよ、と。貴・富・顯・嚴・名・利の六者は、意を悖す者なり。容・動・色・理・氣・意の六者は、心を繆わす者なり。惡・欲・喜・怒・哀・樂の六者は、徳を累わす者なり。智・能・去・就・取・舍の六者は、道を塞ぐ者なり。此の四つの六者は胸中に蕩かざれば則ち正し。正しければ則ち靜、靜なれば則ち清明、清明なれば則ち虚、虚なれば則ち無為にして為さざる無きなり。
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