呂氏春秋 / 遇合③
人有為人妻者。人告其父母曰:“嫁不必生也。衣器之物,可外藏之,以備不生。”其父母以為然,於是令其女常外藏。姑妐知之,曰:“為我婦而有外心,不可畜。”因出之。婦之父母,以謂為己謀者以為忠,終身善之,亦不知所以然矣。宗廟之滅,天下之失,亦由此矣。故曰遇合也無常。說,適然也。若人之於色也,無不知說美者,而美者未必遇也。故嫫母執乎黃帝,黃帝曰:“厲女德而弗忘,與女正而弗衰,雖惡奚傷?”若人之於滋味,無不說甘脆,而甘脆未必受也。文王嗜昌蒲葅,孔子聞而服之,縮頞而食之,三年然後勝之。人有大臭者,其親戚兄弟妻妾,知識無能與居者,自苦而居海上。海上人有說其臭者,晝夜隨之而弗能去。說亦有若此者。
新字:人有為人妻者。人告其父母曰:“嫁不必生也。衣器之物,可外蔵之,以備不生。”其父母以為然,於是令其女常外蔵。姑妐知之,曰:“為我婦而有外心,不可畜。”因出之。婦之父母,以謂為己謀者以為忠,終身善之,亦不知所以然矣。宗廟之滅,天下之失,亦由此矣。故曰遇合也無常。説,適然也。若人之於色也,無不知説美者,而美者未必遇也。故嫫母執乎黄帝,黄帝曰:“厲女徳而弗忘,与女正而弗衰,雖悪奚傷?”若人之於滋味,無不説甘脆,而甘脆未必受也。文王嗜昌蒲葅,孔子聞而服之,縮頞而食之,三年然後勝之。人有大臭者,其親戚兄弟妻妾,知識無能与居者,自苦而居海上。海上人有説其臭者,昼夜随之而弗能去。説亦有若此者。
書き下し
人に人の妻と為る者有り。人、其の父母に告げて曰く、「嫁は必ずしも生ならざるなり。衣器の物、外に之を藏して、以て生ならざるに備う可し。」其の父母以て然りと為す。是に於て其の女をして常に外に藏せしむ。姑妐之を知り、曰く、「我が婦と為りて外に心有り。畜う可からず。」因りて之を出だす。婦の父母、以て己の為に謀る者を謂いて以て忠と為し、終身之に善くし、亦た然る所以を知らず。宗廟の滅び、天下の失わるること、亦た此に由る。故に曰く、遇合や常無し、と。説、適々然るなり。人の色に於けるや、美を説ぶを知らざる者無けれども、美なる者未だ必ずしも遇わざるが若きなり。故に嫫母は黄帝に執う。黄帝曰く、「女に德を厲ませば忘れず、女に正しきを與うれば衰えず。惡しと雖も奚ぞ傷まん。」人の滋味に於けるや、甘脆を説ばざるは無けれども、甘脆未だ必ずしも受けざるが若きなり。文王、昌蒲の葅を嗜む。孔子聞きて之に服し、頞を縮めて之を食らい、三年然る後之に勝てり。人大臭する者有り。其の親戚・兄弟・妻妾・知識、能く與に居る者無し。自ら苦しみて海上に居る。海上の人、其の臭を説ぶ者有り。晝夜之に隨いて去ること能わず。説ばるるにも亦た此くの若き者有り。
現代語訳
ある人が人の妻となった。ある者がその嫁の父母に告げた。「嫁いでも必ずしも添い遂げられるとは限りません。衣類や器財は外に隠しておき、添い遂げられない場合に備えなさい。」父母はもっともだと思い、娘に常に財を外に隠させた。姑と舅がこれを知り、「わが嫁でありながら外に心がある。置いてはおけぬ」と言って離縁した。嫁の父母は自分たちのために謀ってくれた者を忠実だと思い、生涯厚遇し、なぜそうなったのか気づかなかった。宗廟が滅び天下が失われるのも、これと同じ理屈による。だから遇合には定まりがないと言うのだ。説得の受け止められ方はたまたまそうなるにすぎない。人が美色を喜ばないことはないが、美しい者が必ずしも良い相手にめぐり合うとは限らない。だから醜女の嫫母は黄帝に仕えて寵を得た。黄帝は言った。「お前に徳を励ませば忘れず、正しさを与えれば衰えない。醜くてもどうして差し支えよう。」人がうまい柔らかな食を喜ばないことはないが、うまい物が必ずしも受け入れられるとは限らない。文王は菖蒲の漬物を好んだ。孔子はそれを聞いて食べてみて、顔をしかめながら食べ、三年たってようやく食べ慣れた。ひどい体臭の人がいた。親戚も兄弟も妻妾も知人も一緒に住める者がなく、自ら苦しんで海辺に住んだ。ところが海辺にはその臭いを好む者がいて、昼夜つきまとって離れられなかった。好かれるにもこのようなことがあるのだ。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・遇合①凡そ遇は、合なり。時に合わざれば、必ず合うを待ちて、而る後行わる。故に比翼の鳥は木に死し、比目の魚は海に死す。孔子海内を周流し、再く世主に干め、齊に如き衛に至る、見ゆる所八十餘君、質を委して弟子為る者三千人、達徒七十人。七十人なる者は、萬乘の主、一人だに得れば用て師為る可し、人無しと為さず。此を以て游ぶも僅かに魯の司寇に至るのみ。此れ天子の時に絶ゆる所以にして、諸侯の大いに亂るる所以なり。亂るれば則ち愚者之れ多く幸せられ、幸せらるれば則ち必ず其の任に勝えず。任久しくして勝えざれば、則ち幸反って禍いと為る。其の幸の大なる者は、其の禍も亦た大なり。禍い獨り己に及ぶのみに非ざるなり。故に君子は幸に處らず、苟を為さず。必ず諸を己に審らかにして、然る後任じ、任じて然る後動く。
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呂氏春秋・長攻①凡そ治亂存亡・安危彊弱は、必ず其の遇りて、然る後に成る可し。各々一なれば則ち設けず。故に桀・紂不肖と雖も、其の亡びたるは湯・武に遇えばなり。湯・武に遇いしは天なり。桀・紂の不肖に非ざるなり。湯・武賢なりと雖も、其の王たるは桀・紂に遇えばなり。桀・紂に遇いしは天なり。湯・武も賢に非ざるなり。若し桀・紂、湯・武に遇わざれば、未だ必ずしも亡びざるなり。桀・紂亡びざれば、不肖なりと雖も、辱め未だ此に至らず。若し湯・武をして桀・紂に遇わざらしめば、未だ必ずしも王たらざるなり。湯・武、王たらざれば、賢なりと雖も、顯るること未だ此に至らず。故に人主大功有れば、不肖なるを聞かず、亡國の主、賢なるを聞かず。之を譬うれば、良農の、土地の宜しきを辯じ、耕耨の事を謹むとも、未だ必ずしも收めざるが若し。然り而して收むる者、必ず此の人や、始め時雨に遇うに在り。時雨に遇うは、天地なり。良農の能く為す所に非ざるなり。
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呂氏春秋・遇合④陳に惡人有り。敦洽讎糜と曰う。椎顙廣顏、色は漆赭の如く、垂眼鼻に臨み、長肘にして戻なり。陳侯見て甚だ之を説び、外には其の國を治めしめ、內には其の身を制せしむ。楚、諸侯を合わすに、陳侯病みて往くこと能わず。敦洽讎糜をして往きて謝せしむ。楚王其の名を怪しみて先づ之を見る。客進むに、状有た其の名を惡しくし、言有た其の状を惡しくす。楚王怒り、大夫を合めて之に告げて曰く、「陳侯は其の使いせしむ可からざるを知らざれば、是れ不知なり。知りて之を使いせしめば、是れ侮るなり。侮り且つ不智ならば、攻めざる可からざるなり。」師を興し陳を伐つ。三月にして然る後喪ぶ。惡は以て人を駭かすに足り、言は以て國を喪ぼすに足る。而も之を友とすること、陳侯に足りて上無きなり。亡ぶるに至りて、而も友とすること衰えず。夫れ宜しく遇すべからずして遇すれば、則ち必ず廢せられ、宜しく遇すべくして遇せざれば、則ち必ず亡ぶ。此れ國の亂るる所以にして、世の衰うる所以なり。天下の民の、其の苦愁勞務は此れ從り生ず。凡そ人を舉ぐるの本は、太上は志を以てし、其の次は事を以てし、其の次は功を以てす。三者能わざれば、國必ず殘亡し、群孽大いに至り、身必ず死殃す。年七十・九十に至ることを得るものは、猶尚ほ幸いなり。賢聖の後、反って孽民あり。是を以て其の身を賊う。豈に能く獨りのみならんや。
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呂氏春秋・遇合②凡そ能く説を聽く者は、必ず論議に達する者なり。世主の能く論議を識る者は寡し。遇う所惡くんぞ不苟を得んや。凡そ能く音を聽く者は、必ず五聲に達す。人の能く五聲を知る者は寡し。善くする所惡くんぞ不苟を得んや。客に籟を吹くを以て越王に見ゆる者有り。羽・角・宮・徴・商、謬たざるも、越王善しとせず。野音を為せば而ち反って之を善しとす。説の道も亦た此くの如き者有るなり。
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