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呂氏春秋 / 去尤②

人有亡鈇者,意其鄰之子,視其行步竊鈇也,顏色竊鈇也,言語竊鈇也,動作態度無為而不竊鈇也。相其谷而得其鈇,他日復見其鄰之子,動作態度無似竊鈇者。其鄰之子非變也,己則變矣。變也者無他,有所尤也。

新字:人有亡鈇者,意其鄰之子,視其行歩竊鈇也,顏色竊鈇也,言語竊鈇也,動作態度無為而不竊鈇也。相其谷而得其鈇,他日復見其鄰之子,動作態度無似竊鈇者。其鄰之子非変也,己則変矣。変也者無他,有所尤也。

書き下し

人、鈇を亡う者有り。其の鄰の子を意う。其の行歩を視るに鈇を竊むなり。顏色も鈇を竊むなり。言語も鈇を竊むなり。動作態度、為して鈇を竊まざる無きなり。其の谷を相て、其の鈇を得。他日復た其の鄰の子を見るに、動作態度、鈇を竊むに似たる者無し。其の鄰の子、變ずるに非ざるなり。己則ち變ずるなり。變ずる者は他無し。尤せらるる所有ればなり。

現代語訳

斧をなくした者がいた。隣の子を疑うと、その歩きぶりも斧を盗んだように見え、顔つきも、言葉も、動作や態度も、どれをとっても斧を盗んだとしか見えない。ところが谷を探して斧が見つかると、後日また隣の子を見ても、動作や態度に斧を盗んだような様子はまるでない。隣の子が変わったのではない。自分の心が変わったのである。この変化に他の理由はない。心にとらわれがあったからである。

解説

この段は疑心暗鬼の原型として名高い、斧をなくした男の話です。隣の子を疑うと、歩き方も顔つきも言葉も盗人に見えたのに、斧が見つかると同じ子が少しも怪しく見えなくなる。変わったのは相手ではなく、自分の心だったというのです。前段の尤すなわちとらわれを具体的な逸話で示し、疑いという先入観がいかに見え方を歪めるかを描きます。呂氏春秋の、認識は観察者の心に左右されるという鋭い洞察です。思い込みが事実の見え方を作り変えるというこの寓話は、確証バイアスを戒める例として、現代の人間関係や判断にも生きた教訓を与えます。

この章句が説くこと

去尤疑心暗鬼亡鈇先入観確証バイアス隣の子

この一句を、あなたの毎日に。

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