呂氏春秋 / 有始④
何謂九州?河、漢之間為豫州,周也。兩河之間為冀州,晉也。河、濟之間為兗州,衛也。東方為青州,齊也。泗上為徐州,魯也。東南為揚州,越也。南方為荊州,楚也。西方為雍州,秦也。北方為幽州,燕也。
新字:何謂九州?河、漢之間為予州,周也。両河之間為冀州,晋也。河、済之間為兗州,衛也。東方為青州,斉也。泗上為徐州,魯也。東南為揚州,越也。南方為荊州,楚也。西方為雍州,秦也。北方為幽州,燕也。
書き下し
何をか九州と曰う。河・漢の間を豫州と為す、周なり。兩河の間を冀州と為す、晉なり。河・濟の間を兗州と為す、衛なり。東方を青州と為す、齊なり。泗上を徐州と為す、魯なり。東南を揚州と為す、越なり。南方を荊州と為す、楚なり。西方を雍州と為す、秦なり。北方を幽州と為す、燕なり。
現代語訳
九州とは何か。河水と漢水の間を豫州とし、周の地である。二つの河の間を冀州とし、晋の地。河水と済水の間を兗州とし、衛の地。東方を青州とし、斉の地。泗水のほとりを徐州とし、魯の地。東南を揚州とし、越の地。南方を荊州とし、楚の地。西方を雍州とし、秦の地。北方を幽州とし、燕の地である。
解説
この段は中国の大地を九つの州に区分し、それぞれを戦国の国名に対応させます。豫州は周、冀州は晋、青州は斉というように、地理区分と現実の諸国を重ねているのが特徴です。九州という枠組みは『尚書』禹貢などにも見え、天下を統一的に把握する政治地理の伝統に立ちます。呂氏春秋は天の九野に対応させて地を九州に分け、天地を照応させました。国土を地域に分けて統治や物流を考える発想は、現代の行政区画や地域区分にも通じ、広い領域を秩序立てて治める知恵の原型を示します。
この章句が説くこと
九州予州冀州青州戦国諸国禹貢
関連する章句
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五行大義・第三明数・第五論九宮数冀州とは、釈名に云う、冀州は地を取りて名と為す。険易有り、帝王の都する所なり、と。太康地記に曰く、冀は近なり、其の気相近きなり、と。其の地は太行より東、碣石・王屋・底柱に至る。禹貢に云う、冀州既に載(はじ)む、と。呂氏春秋に云う、両河の間を冀州と為す、と。正北方なり。荆州とは、釈名に云う、荆は警なり。南蛮数(しばしば)寇逆を為す。州の道先ず強し、当に之を警備すべきなり、と。其の地は北は荆山に拠り、南は衡山の陽に及ぶ。禹貢に云う、荆及び衡陽は惟れ荆州、と。爾雅に云う、漢南を荆州と曰う、と。呂氏に曰く、荆は楚なり、と。青州とは、釈名に云う、青は東に在りて生ずるなり、と。太康地記に曰く、少陽の色は青、歳の始め、事の首、即ち以て名と為す、と。其の地は東北は海に拠り、西は岱に距(いた)る。禹貢に云う、海岱は惟れ青州、と。呂氏に云う、東方の海隅は青州、斉なり、と。徐州とは、釈名に曰く、徐は舒なり、土気舒緩なるなり、と。其の地は東は海に至り、北は岱に至り、南は淮に及ぶ。禹貢に云う、海岱及び淮は惟れ徐州、と。呂氏に云う、泗上を徐州と為す、魯なり、と。爾雅に云う、済東を徐州と曰う、と。豫州とは、釈名に曰く、豫は九州の中に在りて安豫なるなり、と。太康地記に云う、中和の気を稟け、性理安舒なり、と。其の地は南は荆に拠り、北は河に距る。禹貢に云う、荆河は惟れ豫州、と。呂氏に云う、河漢の間を豫州と為す、と。爾雅に云う、河南を豫州と曰う、と。雍州とは、太康地記に云う、
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