呂氏春秋 / 節喪④
民之於利也,犯流矢,蹈白刃,涉血抽肝以求之。野人之無聞者,忍親戚兄弟知交以求利。今無此之危,無此之醜,其為利甚厚,乘車食肉,澤及子孫,雖聖人猶不能禁,而況於亂?國彌大,家彌富,葬彌厚。含珠鱗施,夫玩好貨寶,鍾鼎壺濫,轝馬衣被戈劍,不可勝其數。諸養生之具,無不從者。題湊之室,棺槨數襲,積石積炭,以環其外。姦人聞之,傳以相告。上雖以嚴威重罪禁之,猶不可止。且死者彌久,生者彌疏;生者彌疏,則守者彌怠;守者彌怠而葬器如故,其勢固不安矣。世俗之行喪,載之以大輴,羽旄旌旗、如雲僂翣以督之,珠玉以佩之,黼黻文章以飭之,引紼者左右萬人以行之,以軍制立之然後可。以此觀世,則美矣侈矣;以此為死,則不可也。苟便於死,則雖貧國勞民,若慈親孝子者之所不辭為也。
新字:民之於利也,犯流矢,蹈白刃,渉血抽肝以求之。野人之無聞者,忍親戚兄弟知交以求利。今無此之危,無此之醜,其為利甚厚,乗車食肉,沢及子孫,雖聖人猶不能禁,而況於乱?国弥大,家弥富,葬弥厚。含珠鱗施,夫玩好貨宝,鍾鼎壺濫,轝馬衣被戈剣,不可勝其数。諸養生之具,無不従者。題湊之室,棺槨数襲,積石積炭,以環其外。姦人聞之,伝以相告。上雖以厳威重罪禁之,猶不可止。且死者弥久,生者弥疏;生者弥疏,則守者弥怠;守者弥怠而葬器如故,其勢固不安矣。世俗之行喪,載之以大輴,羽旄旌旗、如雲僂翣以督之,珠玉以佩之,黼黻文章以飭之,引紼者左右万人以行之,以軍制立之然後可。以此観世,則美矣侈矣;以此為死,則不可也。苟便於死,則雖貧国労民,若慈親孝子者之所不辞為也。
書き下し
民の利に於けるや、流矢を犯し、白刃を蹈み、血を渉り肝を抽き、以て之を求む。野人の聞くこと無き者は、親戚・兄弟・知交に忍んで以て利を求む。今此の危き無く、此の醜無くして、其の利為るは甚だ厚く、車に乘り肉を食らい、澤は子孫に及べば、聖人と雖も猶ほ禁ずること能わず、而るを況んや亂國に於いてをや。國彌々大に、家彌々富めば、葬彌々厚く、含珠鱗施・玩好貨寶・鍾鼎壺濫・轝馬衣被戈劍、其れ數うるに勝う可からず。諸々の生を養うの具、從えざる者無く、題湊の室、棺槨數襲、積石積炭、以て其の外を環らす。姦人之を聞き、傳えて以て相告ぐ。上以て威を嚴にし罪を重くして、之を禁ずと雖も、猶は止む可からず。且つ死者彌々久しくなれば、生者彌々疏し。生者彌々疏ければ、則ち守る者彌々怠る。守る者彌々怠りて、葬器故の如くなれば、其の勢い固より安からず。世俗の喪を行うに、之を載するに大輴を以てし、羽旄旌旗雲の如く、僂翣以て之を督し、珠玉以て之に備え、黼黻文章以て之を飭り、紼を引く者左右萬人、以て之を行い、軍制を以て之を立て、然る後に可なり。此を以て世に觀せば、則ち美なり侈なり。此を以て死の為にすれば、則ち不可なり。苟しくも死に便ならば、則ち國を貧しくし民を勞すと雖も、若の慈親孝子なる者の為すを辭せざる所なり。
現代語訳
民は利益のためなら、飛んでくる矢を冒し、白刃を踏み、血を渡り肝をえぐってでもこれを求める。道理を知らぬ野人は、親戚・兄弟・親友を犠牲にすることにすら忍んで利を求める。今、盗掘にはそうした危険もなく、そうした恥もなく、その利益は非常に大きく、車に乗り肉を食い、恩恵は子孫にまで及ぶのだから、聖人でさえ禁じきれず、まして乱世ではなおさらだ。国が大きく家が富むほど、葬りは厚くなり、口に含ませる珠、体に施す玉、もてあそびの宝物、鐘・鼎・壺・水盤、車馬・衣服・矛・剣が、数えきれないほどになる。生前に用いる道具はすべて副えられ、木を幾重にも組んだ墓室、幾重にも重ねた棺槨、積んだ石や炭でその外を囲む。盗掘者はこれを聞きつけ、次々と互いに知らせ合う。上が厳しい威光と重い罪で禁じても、なお止められない。しかも死者は時がたつほど、生者との縁が疎くなり、縁が疎くなれば守る者は怠り、守る者が怠っても副葬品は元のままなら、その勢いはもとより安全ではありえない。世俗の葬送は、大きな柩車に載せ、羽飾りや旗を雲のように立て、柩の覆いや飾りで装い、珠玉を飾りつけ、美しい模様の刺繍で飾り、綱を引く者が左右で万人にのぼり、軍隊の編制のように整えてはじめて執り行える。これを世間に見せれば立派で豪奢だが、これを死者のためにするなら、よくない。もし本当に死者のためになるのなら、国を貧しくし民を苦しめても、あの慈親孝子であれば辞さずに行うだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・節喪③古の人、廣野深山に藏して安んぜし者有り。珠玉國寶の謂に非ざるなり。葬は藏ぜざる可からざるなり。葬淺ければ則ち狐狸之を抇り、深ければ則ち水泉に及ぶ。故に凡そ葬は必ず高陵の上に於いてし、以て狐狸の患、水泉の溼を避く。此れ則ち善なり、而れども姦邪・盜賊・寇亂の難を忘るるは、豈に惑わざらんや。之を譬うれば、瞽師の柱を避くるが若し、柱を避けて疾く杙に觸るなり。狐狸・水泉・姦邪・盜賊・寇亂の患いは、此れ杙の大なる者なり。慈親孝子、之を避くる者は、葬の情を得たり。棺槨を善くするは、螻蟻・蛇蟲を避くる所以なり。今、世俗は大いに亂れ、人主は愈々侈にして、其の葬は則ち心死者の為に慮るに非ざるなり。生者以て相矜尚するなり。侈靡なる者は以て榮と為し、節儉なる者は以て陋と為し、死に便ずるを以て故と為さずして、徒らに生者の誹譽を以て務と為す、此れ慈親孝子の心に非ざるなり。父死すと雖も、孝子の之を重んずること怠らず、子死すと雖も、慈親の之を愛すること懈らず。夫れ愛する所重んずる所のものを葬るに、生者の甚だ欲する所を以てす。其の以て之を安んずるや、之を若何せんや。
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呂氏春秋・安死②今此に人有り。石銘を為り、之を壟上に置きて、「此の其の中の物、珠玉玩好・財物寶器を具うること甚だ多し、抇らざる可からず、之を抇れば必ず大いに富み、世世車に乘り肉を食らわん。」と曰ば、人必ず相與に之を笑い、以て大いに惑えりと為さん。世の厚葬するや、此に似たる有り。古自り今に及ぶまで、未だ亡びざるの國有らざるなり。亡びざるの國無ければ、是れ抇られざるの墓無きなり。耳目の聞見する所を以てすれば、齊・荊・燕は嘗て亡び、宋・中山は已に亡び、趙・魏・韓皆亡びたり。其れ皆故國なり。此れ自り以上の者は亡國勝げて數う可からず。是の故に大墓は抇られざる無きなり。而るに世皆爭いて之を為す。豈に悲しからずや。
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呂氏春秋・節喪②凡そ天地の間に生ずるものは、其れ必ず死有りて、免れざる所なり。孝子の其の親を重んずるや、慈親の其の子を愛するや、肌骨に痛むは、性なり。重んずる所、愛する所、死して之を溝壑に棄つるは、人の情、為すに忍びざるなり。故に死を葬むるの義有り。葬とは、藏なり。慈親孝子の慎む所なり。之を慎しむ者は、生人の心を以て死者の為に慮る。生人の心を以て死者の為に慮るや、動かすこと無きに如くは莫く、發すること無きに如くは莫し。發すること無く動かすこと無きは、利す可きもの有ること無きに如くは莫し。則ち此を之れ重閉と謂う。
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荀子・正論篇世俗の説を為す者曰く、「太古は薄葬にして、棺は厚さ三寸、衣衾は三領、葬田は田を妨げず、故に掘(あば)かれざるなり。乱れたる今は厚葬して棺を飾る、故に抇(あば)かるるなり」と。是れ治道を知るに及ばずして、抇(あば)くと抇かざるとに察(あきら)かならざる者の言なり。凡そ人の盗むや、必ず為す有るを以てす。不足に備うるに非ざれば、則ち余り有るを重ぬるを以てなり。而して聖王の民を生かすや、皆な富厚優猶にして足るを知らしめ、而して余り有りて度に過ぐるを得しめず。故に盗は竊(ぬす)まず、賊は刺さず、狗豕は菽粟を吐き、而して農賈は皆な能く貨財を以て譲る。風俗の美なる、男女は自ら涂(みち)に取らず、而して百姓は遺を拾うを羞ず。故に孔子曰く、「天下に道有らば、盗、其れ先ず変ぜんか」と。珠玉体に満ち、文繡棺に充ち、黄金槨に充ち、之に加うるに丹矸を以てし、之に重ぬるに曾青を以てし、犀象以て樹を為り、琅玕・龍茲・華覲以て実と為すと雖も、人猶お之を抇く莫きなり。是れ何の故ぞや。則ち利を求むるの詭(こころ)緩くして、分を犯すの羞(はじ)大なればなり。
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呂氏春秋・安死③君の不令の民、父の不孝の子、兄の不悌の弟、皆郷里の釜䰛して之を逐わんとする所の者にして、耕稼采薪の勞を憚り、肯て人事を官めず。而して美衣侈食の樂しみを祈め、智巧窮屈し、以て之を為す無し。是に於てか群多の徒を聚め、深山廣澤林藪を以て、扑擊遏奪し、又名丘大墓の葬ることの厚き者を視れば、舍を求めて便居し、以て微かに之を抇り、日夜休まず、必ず利する所を得、相與に之を分かつ。夫れ愛する所重んずる所有り、而も姦邪盜賊寇亂の人をして卒に必ず之を辱めしむるは、此れ孝子忠臣親父交友の大事なり。堯は穀林に葬むられ、通じて之に樹え、舜は紀市に葬られ、其の肆を變ぜず、禹は會稽に葬られ、人徒を變ぜず。是の故に先王の儉節を以て死を葬むるや、其の費を愛しむに非ざるなり、其の勞を惡むに非ざるなり。以て死者の為に慮るなり。
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呂氏春秋・安死④先王の惡む所は、惟だ死者の辱めなり。發かるれば則ち必ず辱めらる、儉なれば則ち發かれず。故に先王の葬は、必ず儉にし、必ず合、必ず同なり。何をか合と謂い、何をか同と謂う。山林に葬れば則ち山林に合し、阪隰に葬れば則ち阪隰に同ず。此を之れ人を愛すと謂う。夫れ人を愛する者は衆くして、人を愛するを知る者は寡し。故に宋未だ亡びずして東冢抇られ、齊未だ亡びずして莊公の冢抇らる。國安寧なれども猶ほ此くの若し。又況んや百世の後にして國已に亡ぶるをや。故に孝子・忠臣・親父・交友、此に察ぜざる可からざるなり。夫れ之を愛して反て之を危うくすとは、其れ此の謂か。詩に曰く、「敢て暴虎せず、敢て馮河せず、人、其の一を知り、其の他を知るもの莫し。」此れ鄰類を知らざるを言うなり。故に反て以て相非とし、反て以て相是とす。其の非とする所は、方に其の是とする所なり。其の是とする所は、方に其の非とする所なり。是非未だ定まらずして、喜怒鬭爭、反って用を為すなり。吾鬭いを非とせず、爭いを非とせずして、鬭う所以を非とし、爭う所以を非とす。故に凡そ鬭爭とは、是非已に定まるの用なり。今多く先づ其の是非を定めずして、先づ疾く鬭爭す。此れ惑いの大なる者なり。