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呂氏春秋 / 節喪②

凡生於天地之間,其必有死。所不免也。孝子之重其親也,慈親之愛其子也,痛於肌骨,性也。所重所愛,死而棄之溝壑,人之情不忍為也,故有葬死之義。葬也者,藏也,慈親孝子之所慎也。慎之者,以生人之心慮。以生人之心為死者慮也,莫如無動,莫如無發。無發無動,莫如無有可利,則此之謂重閉。

新字:凡生於天地之間,其必有死。所不免也。孝子之重其親也,慈親之愛其子也,痛於肌骨,性也。所重所愛,死而棄之溝壑,人之情不忍為也,故有葬死之義。葬也者,蔵也,慈親孝子之所慎也。慎之者,以生人之心慮。以生人之心為死者慮也,莫如無動,莫如無発。無発無動,莫如無有可利,則此之謂重閉。

書き下し

凡そ天地の間に生ずるものは、其れ必ず死有りて、免れざる所なり。孝子の其の親を重んずるや、慈親の其の子を愛するや、肌骨に痛むは、性なり。重んずる所、愛する所、死して之を溝壑に棄つるは、人の情、為すに忍びざるなり。故に死を葬むるの義有り。葬とは、藏なり。慈親孝子の慎む所なり。之を慎しむ者は、生人の心を以て死者の為に慮る。生人の心を以て死者の為に慮るや、動かすこと無きに如くは莫く、發すること無きに如くは莫し。發すること無く動かすこと無きは、利す可きもの有ること無きに如くは莫し。則ち此を之れ重閉と謂う。

現代語訳

およそ天地の間に生まれたものは、必ず死があり、それは免れないものである。孝子が親を大切に思い、慈しみ深い親が子を愛するのは、肌骨に痛みを覚えるほどで、これは本性である。大切に思い愛する者を、死んだからといって溝や谷に捨てるのは、人情として忍びない。だから死者を葬る道義がある。葬るとは、蔵める(かくす)ことである。慈しみ深い親や孝子が慎重にすべきことである。慎重にする者は、生きている人の心で死者のために考える。生者の心で死者のために考えるなら、遺体を動かさぬにこしたことはなく、暴かれぬにこしたことはない。暴かれず動かされないためには、盗掘者にとって利のあるものが無いにこしたことはない。これを「重閉」(幾重にも閉ざす)という。

解説

死は誰も免れず、愛する者の亡骸を捨てられないからこそ葬礼が生まれた、とその起源を説きます。葬は「藏(かくす)」であり、遺体が暴かれ動かされないことを第一とすべきだと論じ、そのためには墓に盗掘者を誘う財宝を入れないのが最善だとして「重閉」の考えを示します。ここに厚葬批判の核心があり、真に死者を安んじるのは豪華な副葬ではなく安全な埋蔵だという逆説が語られます。現代でも、故人を思う気持ちの表し方と実際の利益とを取り違えない、という葬送の本質論として示唆に富みます。

この章句が説くこと

重閉慈親孝子薄葬死者を安んず

この一句を、あなたの毎日に。

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