呂氏春秋 / 精通②
今夫攻者,砥厲五兵,侈衣美食,發且有日矣,所被攻者不樂,非或聞之也,神者先告也。身在乎秦,所親愛在於齊,死而志氣不安,精或往來也。
新字:今夫攻者,砥厲五兵,侈衣美食,発且有日矣,所被攻者不楽,非或聞之也,神者先告也。身在乎秦,所親愛在於斉,死而志気不安,精或往来也。
書き下し
今夫れ攻むる者、五兵を砥厲し、侈衣美食し、發すること且に日有らんとするに、攻めらるる所の者樂しまざるは、之を聞くこと或るに非ざるなり。神先づ告ぐればなり。身は秦に在りて、親愛する所は齊に在り、死して志氣安らかざるは、精往來する或ればなり。
現代語訳
今、攻めようとする者が、五種の武器を研ぎ、立派な衣を着て美食し、出撃まで日数が迫っているとき、攻められる側がそわそわして楽しめないのは、それを噂に聞いたからではない。心が先に告げるからである。身は秦にいて、親愛する者が斉にいて、その者が死ぬとこちらの志や気が安らかでなくなるのは、精神が両者の間を往来することがあるからである。
解説
遠く離れていても人の心や気が感応し通じ合うことを、具体例で示す段です。要点は、攻撃を受ける前から不安を覚えたり、遠地の肉親の死に胸騒ぎがしたりするのは、精神が距離を超えて往来し感応するからだという主張です。背景として、前段の「精通」思想を、敵味方や肉親という人間関係に当てはめた例です。情報伝達では説明できない直観的な感応を、気の往来として捉えています。現代では超常的な説明はとらないにせよ、緊張や関係性が言葉によらず伝わるという感覚は、人間関係の機微を考える手がかりとして通じます。
この章句が説くこと
精通志気感応五兵親愛直観
関連する章句
-
呂氏春秋・精通①人に兔絲は根無しと謂うもの或り。兔絲は根無きに非ざるなり。其の根屬ならざるなり。伏苓是れなり。慈石の鐵を召ぶは、之を引く或るなり。樹相近づきて靡くは、之を軵す或るなり。聖人南面して立てば、民を愛利するを以て心と為す。號令未だ出でずして天下皆頸を延べ踵を舉ぐるは、則ち精、民に通ずればなり。夫れ人を賊害すれば、人も亦た然り。
-
呂氏春秋・精通④養由基、兕を射て、石に中て、矢乃ち飲羽す。兕に誠なればなり。伯樂、馬を相するを學ぶや、見る所馬に非ざる者無し。馬に誠なればなり。宋の庖丁好んで牛を解き、見る所死牛に非ざる者無く、三年にして生牛を見ず。刀を用うること十九年、刃新たに磨研せるが若く、其の理に順う。牛に誠なればなり。鍾子期、夜、磬を撃つ者を聞きて悲しみ、人をして召さしめて之に問いて曰く、「子、何ぞ磬を撃つことの悲しきや。」答えて曰く、「臣の父、不幸にして人を殺し、生を得ず。臣の母は生を得て、公家の為に酒を為り、臣の身は生を得て、公家の為に磬を撃つ。臣、臣の母を睹ざること三年なり。昔、舍氏と為りて臣の母を睹、之を贖う所以を量るに、則ち有る無し。而して身は固より公家の財なり。是の故に悲しむなり。」鍾子期歎嗟して曰く、「悲しいかな、悲しいかな。心は臂に非ざるなり。臂は椎に非ず石に非ざるなり。悲しみ心に存すれば、而ち木石之に應ず。」故に君子、此に誠なれば、而ち彼に諭し、己に感ずれば、而ち人に發すとは、豈に必ずしも彊說ならんや。周に申喜なる者有り。其の母を亡う。乞人の門下に歌うを聞きて、之を悲しんで顏色を動かす。門者に謂いて、乞人の歌う者を内れ、自ら見て焉に問う。曰く、「何の故にして乞う。」之と語れば、蓋し其の母なり。故に父母の子に於けるや、子の父母に於けるや、一體にして兩分、同氣にして異息、草莽の華實有るが若く、樹木の根心有るが若きなり。處を異にすと雖も相通じ、隱志相及び、痛疾相救い、憂思相感じ、生きては則ち相歡び、死しては則ち相哀しむ。此を之れ骨肉の親と謂う。神は忠より出で、心に應ず。兩精相得るは、豈に言を待たんや。
-
呂氏春秋・精諭①聖人は相諭るに言を待たず。言に先だちて言う者有ればなり。海の上の人に蜻を好む者有り。毎に海の上に居り、蜻に從いて游ぶ。蜻の至る者、百數にして止まず。前後左右盡く蜻なり。終日之を玩べども去らず。其の父之に告げて曰く、「聞く蜻皆女に從いて居ると。取りて來たれ。吾將に之を玩ばんとす。」明日、海の上に之けども、蜻の至る者無し。
-
呂氏春秋・愛士④凡そ敵人の來たるや、利を求むるを以てなり。今來たりて死を得れば、且く走ぐるを以て利と為す。敵皆走ぐるを以て利と為せば、則ち刃與に接する無し。故に敵、生を我に得れば、則ち我、死を敵に得。敵、死を我に得れば、則ち我、生を敵に得。夫れ生を敵に得ると、敵、生を我に得ると、豈に察せざる可けんや。此れ兵の精なる者なり。存亡死生は、此を知るに決せんのみ。
-
呂氏春秋・觀表①凡そ人心を論じ、事傳を觀ることは、熟せざる可からず、深からざる可からず。天は高しと為す。而して日月星辰雲氣雨露、未だ嘗て休まざるなり。地は大と為す。而して水泉草木毛羽裸鱗、未だ嘗て息まざるなり。凡そ天地の間、六合の內に居る者、其の務めて相安利を為すや、夫の相害危を為す者、勝げて數う可からず。人事皆然り。事は心に隨い、心は欲に隨う。欲に度無き者は、其の心度無し。心に度無き者は、則ち其の為す所は知る可からず。人の心は隱匿して見難く、淵深にして測り難し。故に聖人は事に於て焉を知る。聖人の人に過ぐる所以は先知を以てなり。先知は必ず徴表を審らかにす。徴表無くして先知せんと欲すれば、堯・舜も衆人と等を同じくす。徴は易しと雖も、表は難しと雖も、聖人は則ち以て飄す可からずとす。衆人は則ち道無くして至るとす。道無くして至れば則ち以て神と為し、以て幸と為す。神に非ず幸に非ず。其の數然らざるを得ず。郈成子・吳起之に近し。
-
呂氏春秋・論威⑤凡そ兵は急疾捷先を欲す。急疾捷先を欲するの道は、緩徐遲後と急疾捷先との分を知るに在るなり。急疾捷先は、此れ義兵の勝を決する所以なり。而れば久しく處る可からず。其の久しく處る可からざるを知らば、則ち兔起鳧舉する所、死殙の地を知る。江河の險有りと雖も則ち之を淩ぎ、大山の塞有りと雖も則ち之を陷れ、氣を幷し精を專らにし、心に慮ること有る無く、目に視ること有る無く、耳に聞くこと有る無く、諸を武に一にするのみ。冉叔は必ず田侯を死さんと誓いて、齊國皆懼れ、豫讓は必ず襄子を死さんとして、趙氏皆恐れ、成荊は死を韓主に致して、周人皆畏る。又況んや萬乘の國にして、誠必する所有るをや、則ち何の敵か之れ有らん。刃未だ接せずして欲するところ已に得らる。敵人の悼懼憚恐し、精神を單蕩して盡き、咸狂魄の若く、形性相離れ、行きて之く所を知らず、走りて往く所を知らず、險阻要塞・銛兵利械有りと雖も、心敢て據ること無く、意敢て處ること無し。此れ夏桀の南巢に死する所以なり。今、木を以て木を撃てば則ち拌け、水を以て水に投ずれば則ち散じ、冰を以て冰に投ずれば則ち沈み、塗を以て塗に投ずれば則ち陷る。此れ疾徐先後の勢なり。