呂氏春秋 / 懷寵④
今有人於此,能生死一人,則天下必爭事之矣。義兵之生一人亦多矣,人孰不說?故義兵至,則鄰國之民歸之若流水,誅國之民望之若父母,行地滋遠,得民滋眾,兵不接刃而民服若化。
新字:今有人於此,能生死一人,則天下必争事之矣。義兵之生一人亦多矣,人孰不説?故義兵至,則鄰国之民歸之若流水,誅国之民望之若父母,行地滋遠,得民滋眾,兵不接刃而民服若化。
書き下し
今此に人有り、能く死を生かす一人ならば、則ち天下必ず爭いて之に事えんとす。義兵の人を生かすも亦た多し。人孰か説ばざらんや。故に義兵至れば、則ち鄰國の民、之に歸すること流水の若く、誅國の民、之を望むこと父母の若く、地を行くこと滋々遠くして、民を得ること滋々衆く、兵、刃を接えずして民の服すること化するが若し。
現代語訳
今ここに、死にかけた一人を生き返らせられる人がいれば、天下は必ず争ってその人に仕えようとするだろう。義兵が(多くの)人を生かすことも、また大きい。誰が喜ばないだろうか。だから義兵が至れば、隣国の民は流れる水のように帰服し、討たれる国の民は父母を仰ぐようにこれを待ち望み、進軍するほどに遠くまで及び、民を得ることますます多く、兵は刃を交えずして民は感化されるように服するのである。
解説
「懷寵」篇の結びで、義兵が民心を得るさまを描いた一段です。死にかけた一人を救う者に人が争って仕えるように、多くの民を救う義兵には誰もが喜び従い、隣国の民は水が流れるように帰服し、討たれる国の民さえ父母を仰ぐように待ち望むと説きます。そして義兵は刃を交えず、民が感化されるように服すると結び、戦わずして勝つ理想を示します。武力の究極の目的を殺傷ではなく救済と感化に置く発想は、力によらず心を得る王道の理念として、指導や信頼を考える現代にも通じます。
この章句が説くこと
義兵懐寵民心帰服不戦感化