呂氏春秋 / 禁塞①
夫救守之心,未有不守無道而救不義也。守無道而救不義,則禍莫大焉,為天下之民害莫深焉。
書き下し
夫れ救守の心は、未だ無道を守りて不義を救わざること有らざるなり。無道を守りて不義を救わば、則ち禍い焉より大なるは莫し。天下の民に害を為すこと、焉より深きは莫し。
現代語訳
そもそも救守(防衛援助)の心は、無道を守り不義を救わないということがない。無道を守り不義を救えば、これほど大きな禍はなく、天下の民に害を及ぼすことがこれほど深いものはない。
解説
「禁塞」篇の冒頭で、救守(防衛援助)を無差別に肯定する立場を批判した一段です。前篇までの攻伐擁護を承けて、今度は救守の側に潜む問題を突き、義の有無を問わず守り助ければ、結局は無道の君を守り不義を救うことになり、天下に大害を及ぼすと説きます。守るという行為も、その相手が無道であれば正義に反するという鋭い指摘で、防衛は常に善という素朴な見方を退けます。行為の善悪を相手や目的に照らして判断する視点は、正義と立場を考える現代の議論にも通じます。
この章句が説くこと
救守禁塞無道不義義兵防衛
関連する章句
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呂氏春秋・禁塞②凡そ救守の者は、太上は説を以てし、其の次は兵を以てす。説を以てすれば、則ち聚徒多く群す。日夜之を思い、心を事とし精に任じ、起くれば則ち之を誦し、臥すれば則ち之を夢む。自今、脣を單くし肺を乾かし、神を費やし魂を傷う。上は三皇五帝の業を稱して、以て其の意を愉ばせ、下は五伯名士の謀を稱して、以て其の事を信にし、早に朝し晏く罷き、以て兵を制する者に告げ、説を行い衆に語り、以て其の道を明らかにす。道畢く説き單くして行われずんば、則ち必ず之を兵に反す。之を兵に反せば、則ち必ず鬭爭の情、必ず且に人を殺さんとす。是れ無罪の民を殺して、以て無道と不義とを興こす者なり。無道と不義との者存するは、是れ天下の害を長じて、天下の利を止むるなり。幸いにして勝たんと欲すと雖も、禍い且に始めて長ぜんとす。先王の法に曰く、「善を為す者は賞し、不善を為す者は罰す。」古の道や、易う可からず。今、其の義と不義とを別たずして、疾に救守を取るは、不義、焉より大なるは莫し。天下の民を害する者、焉より甚だしきは莫し。故に攻伐を取るは不可なり、攻伐を非とするも不可なり、救守を取るも不可なり、救守を非とするも不可なり、取るは惟だ義兵のみ可と為す。兵苟しくも義ならば、攻伐も亦た可なり、救守も亦た可なり。兵不義ならば、攻伐も不可なり、救守も不可なり。夏桀・殷紂をして無道なること此に至らしめしは、幸なり。吳の夫差・智伯瑤をして侵奪すること此に至らしめしは、幸なり。晉厲・陳靈・宋康をして不善なること此に至らしめしは、幸なり。若し桀・紂をして必ず國亡び身死し、殄えて後類無きを知らしめば、吾未だ其の無道を為すの此に至るを知らざるなり。吳王夫差・智伯瑤、必ず國は丘墟と為り、身は刑戮と為るを知らしめば、吾未だ其の不義・無道にして侵奪を為すの此に至るを知らざるなり。晉厲必ず匠麗氏に死するを知り、陳靈必ず夏徵舒に死するを知り、宋康必ず溫に死するを知らしめば、吾未だ其の不善を為すの此に至るを知らざるなり。此の七君は、大いに無道不義を為し、無罪の民を殘殺する所の者は、萬數を為す可からず。壯佼・老幼・胎橑の死する者、大いに平原に實ち、廣く深谿・大谷・巨水を堙ぎ、灰を積みて、溝洫を填め、險阻に赴き、流矢を犯し、白刃を蹈み、之に加うるに凍餓饑寒の患いを以てし、以て今の世に至り、之を為すこと愈々甚だし。故に骸骨を暴すこと量數無く、京丘を為すこと山陵の若し。世に興主仁士有り、深く此を意念せば、亦た以て痛心す可く、亦た以て悲哀す可し。此を察するに其の自りて生ずる所は、有道者の廢れて、無道者の恣に行うに生ず。夫れ無道者の恣に行うは、幸なり。故に世の患いは、救守に在らずして、不肖者の幸いに在るなり。救守の説出づれば、則ち不肖者は益々幸いなり、賢者は益々疑う。故に大いに天下を亂す者は、其の義を論ぜずして、疾やかに救守を取るに在り。
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呂氏春秋・振亂②凡そ天下の民の長と為るや、慮るに有道を長じて無道を息め、有義を賞して不義を罰するに如く莫し。今の世、學者は多く攻伐を非とす。攻伐を非として救守を取る。救守を取れば、則ち嚮の所謂有道を長じて無道を息め、有義を賞して不義を罰するの術は行われず。天下の民に長たる、其の利害は此の論を察するに在るなり。攻伐と救守とは一實なり。而るに取舍人ごとに異なり、辨説を以て之を去り、終に論を定むる所無し。固より知らざるは、悖なり。知れども心を欺むくは、誣なり。誣悖の士は、辨なりと雖も用無し。是れ其の取る所を非として、其の非とする所を取るなり。是れ之を利して反って之を害するなり。之を安んぜんとして反って之を危うくするなり。天下の長患を為し、黔首の大害を致す者は、若き説を深しと為す。夫れ天下の民を利するを以て心と為す者は、以て此の論を熟察せざる可からざるなり。
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呂氏春秋・振亂③夫れ攻伐の事は、未だ無道を攻めずして不義を罰すること有らざるなり。無道を攻めて不義を伐つは、則ち福、焉より大なるは莫し。黔首の利、焉より厚きは莫し。之を禁ずる者は、是れ有道を息めて有義を伐つなり。是れ湯・武の事を窮して、桀・紂の過ちを遂ぐるなり。凡そ人の無道不義を為すを惡む所以の者は、其の罰の為なり。有道を蘄め有義を行う所以の者は、其の賞の為なり。今、無道不義存す。存するは之を賞すればなり。而して有道行義窮す。窮するは之を罰すればなり。不善を賞して善を罰し、民の治まらんことを欲するは、亦た難からずや。故に天下を亂し黔首を害する者は、若き論を大と為す。
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呂氏春秋・無義①先王の論に於けるや之を極せり。故に義は百事の始めなり、萬利の本なり、中智の及ばざる所なり。及ばざれば則ち知らず、知らざれば利に趨る。利に趨れば固より必す可からざるなり。公孫鞅・鄭平・續經・公孫竭は是れのみ。義を以て動けば則ち曠事無し。人臣、人臣と謀りて姦を為せば、猶ほ之に與するもの或り。又況んや人主、其の臣と謀りて義を為すをや。其れ孰か與せざる者あらんや。獨り其の臣のみに非ざるなり。天下皆且に之に與せんとす。
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呂氏春秋・應同③凡そ兵の用たるや、利に用い、義に用う。亂を攻むれば則ち脆く、脆ければ則ち攻むる者利あり。亂を攻むるは則ち義あり、義あれば則ち攻むる者榮あり。榮にして且つ利あれば、中主も猶ほ且つ之を為す。況んや賢主に於いてをや。故に割地寶器、卑辭屈服は、以て攻を止むるに足らず。惟だ治のみ足れりと為す。治まれば則ち利の為にする者は攻めず、名の為にする者は伐たず。凡そ人の攻伐するや、利の為にするに非ざれば則ち名の為にするに因るなり。名實得ざれば、國彊大なる者と雖も、曷ぞ攻むるを為さんや。解は史墨の來たりて輟めて衛を襲わざるに在り。趙簡子は動靜を知ると謂う可し。
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呂氏春秋・召類②凡そ兵の用うるや、利に用い、義に用う。亂を攻むれば則ち服し、服すれば則ち攻むる者利あり。亂を攻むるは則ち義なり。義なれば則ち攻むる者榮あり。榮にして且つ利なれば、中主猶ほ且つ之を為す。有た況んや賢主に於いてをや。故に割地、寶器戈劍、卑辭屈服は、以て攻を止むるに足らず、唯だ治のみ足れりと為す。治まれば則ち利の為にする者は攻めず、名の為にする者は伐たず。凡そ人の攻伐するや、利の為に非ざれば則ち固より名の為なり。名實得ざれば、,國彊大なりと雖も、則ち攻むるを為すこと無し。